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二十五話:不可解な魔人

 □■□



「……ん」


 グニタ洞窟、最奥部。

 魔人達を屠った後に全身から血を吹き出して倒れてしまった少女は、それからしばらくして目を覚ましていた。


「……起きたか」


 信乃は、魔晶石に寄りかかっている彼女にガンドを向けたまま、慎重に話しかける。


 もう、彼女の身体に裂傷は無い。何とか神杖の魔力が貯まり、回復魔法が間に合っていたのだ。

 あと魔人とは言え、ほぼ第二次成長期を終えた人間女性に近い全裸体は目の毒過ぎたので、他の魔人の死体から剥ぎ取った白い軍服も身体に被せてある。


 信乃の身体も回復していた。もうこの洞窟に何かが来る気配も無い。

 これで、やっとゆっくり彼女に質問が出来る。


「いくつか聞きたいことがある。お前を敵と見なすかはそれ次第だ。……お前は、何者だ?」


 まだ寝ぼけているのだろうか。半眼のままぼんやりと自分の身体を見て、彼女は喋る。


「……回復魔法、ありがとう。……いい人?」

「ああ、いい人ではないだろうがな。まあ無事ならいい。……って、それはいいんだよ。質問に答えろ」


 初っ端からこちらのペースを崩されかけたが、どうにか持ち直した。


「もう一度聞くぞ。お前は何者だ。お前の名前は何だ。お前は……何の魔物から造られた魔人なんだ?」


 一番気になる疑問ではあったが、彼女は首を振った。


「分からない。私は多分、私の名を、私の中にいる魔物の名を知らされていない。もしくは、忘れてしまっている? ……記憶が欠落している。私は、以前何をしていたの? 私も知りたい。……私は、誰?」

「……なに?」


 睨むが、少女は本当に何も知らなそうにきょとんとした表情でこちらを見返し、首を傾げるだけだ。胡散臭い話ではあるが、嘘を付いているようには見えない。


(なんだこいつ……記憶喪失なのか? でも俺が勇者とか、あいつらを魔人と言ってたから、部分的なものか?)


 どうにもこの方面でこれ以上の追及は無意味そうなので、質問を変えることにした。


「じゃあ、お前がさっき使っていた魔法について分かることは?」

「泉」


 こちらは瞬時にそう答えていた。


「……泉?」

「うん、泉。まるで血のような赤い、底も分からないほどに深い水の中。そこに、たくさんの武器が浮かんでいる。剣、槍、弓、大剣、斧、杖、他にもたくさん。でも私はそれらに触れることすら出来ない。触れたら凄まじい水流が起こって、身体が破裂して死んでしまうから。出来ることと言ったら、この武器……魔法の発生機構を依り代として、その力の末端を借り受けるだけ。エクスプロージョン級辺りが、限界」


 もうすっかり赤い結晶が消え失せ、ただのガンドに戻ったそれを差し出しながら説明を加える。


「……」


 彼女の説明は要領を得ない。頭の中のイメージをそのまま語っているだけのように思える。


(馬鹿げている。その武器達とやらの力が、魔法を行使することだと? そんなことが出来る武器の存在など……この世界ではたった一つしかない)


 その蔵にたくさんある武器とやらが全部――魔器であるとしたのならば。


(彼女の元は、大量の魔器を保持する魔物だったと? そんなやつ、聞いたこともない。それに魔物は、人のように魔器は使えなかったはずだ。仮に使えたとしても、全属性への適正だぞ。そんな魔物は……あまりにも規格外の存在だ) 


「フヴェルゲルミル」。彼女が最初に唱えた魔法だ。

 恐らくはあれが無属性のガンドを変質させ、その得体の知れない力を引き出した。

 当然そんな名前の魔法も、聞いたことがない。


「その武器達に触れたら、お前は破裂して死ぬと言ったな。ならばなぜ、そうしなかったはずのお前は戦いの後に全身から血を噴き出した? それは結果として変わらないんじゃないのか?」

「大いに違う。魔法を撃つ前に即死では意味がない。でも今提示して条件ならば、魔法までの行使は確実に行える。自滅ではなく、反動。代償とも言う。私はそれに見合う成果を残せる。それに、あなたがしてくれたようにまだ回復は間に合う緩やかな負傷だから」

「……緩やかな負傷、ってレベルじゃねえぞあれは……。つまりは代償魔法、ってやつなのか」


 目の前で見ていたこちらまで心臓が止まりそうになったことを思い出し、頭を押さえる。


 代償魔法。

 例えばキノが最後にヴィーザルへ一矢報いた魔法、「ネクロチェイン」がそれに該当する。

 

 自傷であったり、呪いであったり、あるいは命そのものの消失であったり。それは術者への対価を課す変わりに、その人物には到底到達し得ない域にある魔法を放つことが出来る。


 それならば、彼女の謎だらけの魔法についても一応の説明は付く。それでもおかしな魔法だということに変わりはないが。


 ともあれ、これ以上は彼女の魔法についての情報も得られそうもない。

 だから、今度は彼女そのものへの質問をしていた。


「なぜ、ここに封じられていた? そして、何故俺を助けた? よりにもよって……魔人であるお前が」

「……『勇者と共に魔人達と戦って欲しい』。そう、言われたから」


 少女は、そう答えていた。


「言われた? 誰から?」

「声」

「……っ!」


 相変わらずの言葉足らずな説明ではあるが、信乃にはそれだけで分かってしまった。


「おいお前、その声について知っていることはあるか? それは、いつの事だ?」

「私はその声に応じて、封印された。肉体の成長は止まっていないみたいだから、それを鑑みて、五年くらい前? 声そのものについては……分からない。でも、優しい声だったことだけは覚えてる」

「そうなる直前の出来事は?」

「……ごめんなさい。それ以前についても、何故か記憶があやふや。断片的になら思い出せる。私は、帝国に追われていた。きっと、捕まってはいけなかった。……なぜ?」


 自分の言葉に頭を傾げる少女。

 ややこしくなるので、信乃もとりあえず全てが本当だと仮定して、黙ってその言葉を聞き進めることにした。


「そんな時に、逃げ込んだこの洞窟で声が私の存在ごと封印してくれた。『この封印は勇者の訪れと共に解かれる。その時は、勇者と共にこの世界に抗って欲しい』という約束を交わして。私はそれを……叶えたいと思った」


 無表情のまま、じっと信乃を見つめている。


「私も、自分が何なのかを、何のために生まれたのかを、帝国の謎を暴いて知りたい。だから、改めてあなたにお願いする。私と共に戦って欲しい。私を、使って欲しい」

「……」


 不明点はまだまだ多いものの、だが大まかなことは分かった。


 どうやらこの展開もまた、「声」の思惑通りだ。


 信乃に神杖を手に入れさせ。

 更には、彼に帝国へ歯向かう仲間となってくれる者まであてがってみせた。


 ここまで来て、あの声が敵という認識は薄れてきている。どういう意図なのか、信乃が世界を救う手助けをしようとしてくれているのだろう。


 そしてこの少女本人も、信乃を出し抜こうとしている気配を微塵も感じない。

 そもそも、帝国の側ならばここで仕留めてしまえば良かっただけの話だ。


 素性は分からないものの、帝国に従わない、当然人にも属していない、ひとりぼっちのはぐれ魔人。

 信用するという意味では、人間達よりもよっぽど安全、何なら今この世界で一番安全とすら言える存在なのかもしれない。


 ならば、確かにこの要求にも従って問題は無いのかもしれない。

 だが――


「断る」


 信乃は厳しい声で、そう返していた。

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