四話:王都を襲う魔物
崩れた外壁から、赤い目をした異形が数体姿を現した。
大人よりも二回りほど大きな爬虫類の身体――鱗のびっしりと生えた、ワニを思わせる屈強な手足、胴、尻尾。しかし頭は丸くつるりとしており、細く長く割れている口の隙間から舌をちろちろと出すその様子は、蛇のようだった。
更に目を引くのは、先端が燃えている尻尾だ。本体はそれを熱がる様子は微塵もなく、蛇の口からも時折小さな火が吐息と共に漏れている。
「サラマンダー……だと。なぜこんな街中に。まさか。帝国の操る魔物か!? やはり貴様が手引きを……!」
一瞬信乃の方を睨んだ兵士だったが、すぐに魔物達へと視線を戻す。今も暴れまわり、建物や屋台が崩れてあちこちで悲鳴が上がっている。
その一体が、兵士に向けて炎を吐いてきた。
「まずはあれの駆除か。待っていろ、後で必ず貴様も捕えてやる。――『アクアバースト』!!」
剣銃の銃口に白い幾何学的な紋様――魔法陣のようなものが浮かび上がり、光る。
次の瞬間、そこから人の顔程の大きさのある水流の渦が勢いよく飛び出し、迫る炎を貫通すると、更に相手の巨躯に直撃し水飛沫と緑の血飛沫が飛び散った。
それだけでは終わらない。その隙に魔物へと肉薄した兵士は、次の攻撃を放つ。
「『アクアスラッシュ』!」
螺旋を描く水流をまとった先端の刃で一閃。再び血飛沫が飛び散り、ついに魔物は絶命した。
「……は? つっよ……」
信乃は呆然としてしまう。
あの魔物の強さの相場は知らないが、瞬殺。ファンタジー世界の兵士Aさんが魔物を、瞬殺。
だがそれでは終わらない。あちこちから同じ魔物が無数に湧いて出てくる。
「ちい……!」
さすがの数に苦戦している兵士の隙をついて、信乃は何とか逃げ出す。だが脅威は兵士だけではなかった。その魔物の数体が信乃を追いかけてきているのだ。
「ああもう! 本当にどうなってんだよ、この異世界は!? なんで急に王都で魔物が出るんだよ!?」
ゲームなら如何にも中盤の火山エリアとかで出てきそうな見た目の魔物だ。当然、丸腰の信乃に勝てるとは思えないので必死に逃げるしかない。
しかし、長い間引きこもっていた信乃の体力などたかが知れている。裏路地に逃げ込み、迷路のようなそこを闇雲に逃げ回っているうちにすぐにばててしまった。
「ぜえ……ぜえ。なんとか、撒けたか……?」
「ぐるるるる……!」
そんな独り言に載せた希望も虚しく、唸り声と共に数体がこちらを見ていた。
「うぐ……く、くそ……どうすれば……!?」
万事休すか、信乃の異世界での新たな生はこうも早く、魔物の腹の中で終わることになるのかと焦っていた時、女性の声が響いた。
「『メガロ・バースト』!」
目の前の魔物一体が、衝撃波のようなものを受けて身体に穴が空き、絶命する。すぐにまた女性の呪文のような声と同じ数の衝撃波が起こり、魔物は全て倒れた。
「……へ?」
「そこのあなた! こっちよ!」
声に振り返ると、そこには信乃と同じ年頃の少女がいた。
藍色の瞳。腰のあたりまで伸ばしている艶やかな長い黒髪。顔立ちも端正であり、紛れもない美少女だ。
動きやすそうな革の装備を纏っていて、両手にはそれぞれ一丁ずつ拳銃みたいなものを構えていた。
どの道このままでは兵士か魔物に捕まる。是非も無く、彼女について行くしかなかった。
しばらく走っていると、やがて戦闘の声や衝撃音も聞こえなくなっていた。王都の中心から離れたようだ。
「ふう、今度こそ大丈夫みたいね。この辺の地理がある程度分かってて良かった。でもそろそろ戦闘も終わって、またあなたの捜索が再開されるかも。早くここも離れた方がいいわね」
「はあ……はあ……、ありがとう、ございます。でも、なんで助けてくれて……?」
ようやく会話出来る余裕も出来たので、息を整えながら少女に問う。美少女が相手など、コミュ障の信乃なら間違いなく言葉が詰まってしまったはずだが、状況が状況なのですんなりと出た。異世界でまともなコンタクトを取れた人物二人目だ。
「いや、アース帝国の刺客だ! なんて声が聞こえたから広場に来てみれば、とても丸腰のあなたをそんな風には見えなかったからね。本来、ここはもっとおおらかで自由な国のはずなんだけどね。度重なる魔物の襲来と、帝国からの攻撃で兵士達も気が立っているみたい。嫌な世の中よね……」
呆れながら拳銃をしまうその凛とした立ち姿は、男の信乃なんかよりもよっぽど頼もしい。先程といい、戦闘に慣れているようにも見える。
「ええっとまあ俺はその……訳があって今の現状を全然知らなくて……」
「ん、ああ。大丈夫、分かっているわよ。あなたは異世界から来た『勇者』なんでしょ?」
「え……」
驚く信乃に向かって、少女は明るい笑みを返した。
「私はロア。王都での買い出しの帰りなんだけど、良かったらうちの村にこない?」