二十一話:残された希望
□■□
「……っ!? しまっ……!」
至近距離でビリガエルの口から出た水の魔法、『ビリねんえき』を受けてしまった信乃は、その場で膝を付いてしまう。
ダメージは無い。どうやら威力判定はない特殊魔法のようだ。
しかし、身体が痺れて動けない。
「やっと捕まえたゲロよ!! 『ギガント・ボルトバースト』!!」
「……っ! がは……っ!」
〝ギガント・ボルトバースト
魔法攻撃力:90
威力階級ギガント:×4
魔法威力:360〟
続けてビリガエルが放った魔法も、信乃はもろに受けてしまう。
神杖の強化は、ただの防具の強度も上げてくれる。そのために鎧を着込んではいたものの、強い魔法の直撃まで無効化出来るほどではない。
「『ディヴァイン・ヒール』……!」
すぐに回復魔法を唱え、痺れと今のダメージを回復。怪我だけでなく状態異常まで瞬時に治してしまう優秀な魔法だ。
しかし、これを唱えている間に他の魔人達の接近を許してしまう。
「逃がさん! なぶり殺しにするゲロよ! 『ビリねんえき』!」
「さっきのは痛かったわよボウヤ……お返しね! 『ドラゴンサンダー』!」
「フハハ! ヒドクヘビを倒したことは褒めてやるが、どうやらここまでのようだな!! 『旋風蹴り』!」
「ウゴー……。『ギガント・アクアスラッシュ』」
次々と来る魔法を、今度は魔法も使わず何とか躱していく。
だが避けきることも出来ず、「ドラゴンサンダー」を左脇腹に、「旋風蹴り」を右肩に受けてしまう。
「ぐ……っ! 『エクスプロージョン・バースト』!!」
再び最大魔法を放ち、魔人達を牽制。その隙にまた逃げ始める。
回復魔法を使っている暇もなかったため、ポーションを逃げながら頭から被って今のダメージを少し回復。飲むよりも回復効果は下がるが、無いよりよりはましだ。
「まだ逃げるゲロ!? どうせ魔力もほぼ使い切り、さっきまでの小細工ももうないんでゲロ!? ヒドクヘビがやられたからといって、オイラ達から逃げ切れるとは思わない方がいいゲロよ!!」
後方から、ビリガエルの鋭い声が響いてくる。
確かに、もう神杖の魔法を数回しか撃てないし、これで使い捨て魔器もポーションのストックもない。絶体絶命の状況とは、まさにこのことだ。
それでも、信乃は逃げ続けた。
□■□
あれからも攻防と逃亡を繰り返し、何とか行方をくらませることは出来た。すぐには追ってこないだろうが、身体のあちこちから滴り落ちる血を辿られていずれ場所はばれる。
「はぁ……はぁ……」
息苦しくなり、フードとマスクも外す。
逃げられたは良いものの、神杖の魔力がほぼ無く、肝心の回復魔法も使えない。強化だって切れてしまうのも時間の問題だ。
もはや全身がぼろぼろで満身創痍だが、それでも何とか辿り着いた。
「……グニタ、洞窟」
森の中の崖にぽっかりと、大きな穴が空いている。逃げながらの右往左往で来たが、他に大きな洞窟があるとは聞いていないし、ここで間違い無いようだ。
もはや、信乃に勝ち目は無い。
彼にもう打つ手などなく、このままでは魔人達に捕まってしまうだけだろう。
だから、もうたった一つの賭けに頼るしかない。
「こんなあるかも分からないものに全てを託すとか、俺もいよいよやきが回ったな……」
松明に火を付け、壁伝いにふらふらと中へ入っていく。
奥から吹く冷気が当たり、傷口に障る。天井には蝙蝠が何匹も止まり、じっとこちらを見ていた。
夢で教えられたこの洞窟の奥に、何があるのかは分からない。
それでも、あの魔人達を倒せる何かに賭ける決断をして、逃げる時間を割いてまでここまで来た。
「頼むぞ……ここまで来て何も無かったは止めてくれ。……なんて、神杖を手に入れた時も似たようなこと思ったっけか」
あの時はロア達に助けてもらいながら辿り着いた。しかし、今は一人で向かわなければならない。
寂しさ、孤独。今更ながらにそんな感情に苛まれながら、信乃は精一杯の速度で歩き続ける。
諦めたら、死ねば、どれだけ楽なのだろう。
だが、そんな甘えは信乃自身が許さない。
信乃は、ここで負ける訳にはいかない。生きて帰らなければならない。
これからも、魔人を倒し続けて世界を救わなければならない。
だから――
「……あ」
――しかし辿り着いた先は、少しだけ空間が広くなってるだけの行き止まりだった。