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十九話:それでも、引き金を引く

「……っ!?」


 信乃は息を呑む。


「ぎ、ぎゃあああああ!? ビリガエル様!? こ、これは一体……助け……!」


 既に身体の大半を呑み込まれ、頭と片腕だけが口の外から出ている状態の冒険家は、必死にビリガエルへ助けを求める。蛇の毒が回っているのかその顔は真っ青で、手も小刻みに震えている。


「……すまんゲロ。オイラもこの魔人達に無償で協力してもらうという訳にも行かなくてゲロね。特にこの魔人ヒドクヘビには、新鮮な人間の餌を要求されてしまったのでゲロ。後でと思ったけど、我慢出来なかったんでゲロね」


 ビリガエルは冒険家にぺこりと頭を下げ、それから彼の肩に手を置く。


「だが、誇っていいゲロ。おかげであの勇者を返り討ちに出来る準備が整った。君の命はオイラを生かし、確かに村を守ることに繋がる。君の行いは、君の村を、家族を救ったんでゲロよ。だから、安心して眠っていいゲロ」

「……ッ。……ああそう、そうなのか……なら、良かった。それなら……いいや。ビリガエル様……どうか、村のみんなのことを、お願……」


 ビリガエルの言葉に、苦悶の表情から一転、安心しきったように冒険家が遺言を残す途中で、完全に大口に呑み込まれた。

 そのやり取りを、信乃は冷めた目で見ていただけだった。


「おや、勇者様。この光景を見て、『外道!』とか、『よくも罪のない人間を!』みたいなそれらしいセリフは吐かないんでゲロか?」

「……お前にどうこう言う権利は俺にはない。どちらにせよ俺のことを知った人間は、俺が後から殺していた」

「……ハ、ハハッ!! なるほどゲロ! お前、勇者のくせにいい性格しているゲロ! 気に入った!!」


 信乃の言葉に機嫌良さそうに笑ったビリガエルは、手を差し出す。


「降伏しろ、神杖の勇者。こそこそと魔人を一体ずつ倒しているらしいお前の実力は概ね把握しているでゲロ。この人数には絶対に勝てないでゲロ。つまりお前は逃げられないし、ここで死ぬ。だが今降伏するのなら、お前を生きたままアース帝国へ連行すると約束するでゲロ。帝国でもおとなしくしているのなら、そう悪い扱いにはならないはずでゲロ」

「『バースト』」


 ビリガエルからの降伏勧告への答えは、彼に向けて放った魔法だった。

 しかし、隣の魔人ヒドクヘビが吐いた炎によって防がれてしまう。


「……へえ。この戦力差で、何より人間から裏切られて、あんなことを言われた後でも、まだ戦う気があるゲロ?」

「奴が言っていたことは正しくもあるが、間違えてもいる。そもそも、サビト村含めたこの地域が争う必要があるほどに劣悪な環境にある元凶が、お前らアース帝国だ。俺は確かにサビト村だけを守りはしない。だが根本の原因を絶ち、結果的にここの村々全てを救おう」

「……く、くくっ。素晴らしい! だが勇者、それはいつになるゲロ? 魔人を狩って回っているようでゲロが、全体から見れば全然減っていない。帝国からすれば、お前の活動など見向きもされていない。本当に、お前にそれが出来るだけの力があるんでゲロ?」

「……」

「おや、これは失言だったゲロ? まあいいゲロ」


 顔を顰め、黙ってしまった信乃を見てまた向こうが話を進める。


「そう、そうだゲロ。確かに、結局悪いのはオイラ達なんだゲロ。だが、あの哀れな冒険家は終ぞ死ぬ間際になってもその事実に気が付けなかった。……いや、心の奥底で気付いていながらも、自分達だけ助かろうとオイラと協力する道を選んだのかもしれないのでゲロね。そんな酷い選択を取らざる負えなかった程、彼らはオイラ達魔人に追い詰められていたのかもしれないゲロ。オイラはそれを、純粋に可哀そうと思うゲロ」

「人殺しの化け物が、人間に同情か? 何が言いたいんだカエル野郎」


 長々と魔人らしからぬことを語るビリガエルに苛立ちを覚える信乃に対し、彼はため息を付く。


「お前も気づいているはずだゲロ。魔人は、ただ魔王の意のままに闇雲に人間を襲っていた魔物とは違う。人のように知能があり、言葉を喋り、それぞれに考えや意志、思惑もある。確かに帝国の命令には絶対順守。だが同じ魔人の中にも、純粋に人間の殺戮を好む者、オイラのように少しは人間と友好関係を築きたいと考える者、色々いるんだゲロ。中には人間の政治や国家にすらも関わりも持ち、侵略を緩める条件を人間に提示するような、本当に人間に良い影響を与えている魔人だっている。帝国そのものを止められないくせに、そんな魔人まで中途半端に殺せば、それは結果的に人間側の損失……破滅を早めてしまうこととなるゲロ。そうしてお前は、助けたはずの人間達に憎まれるだけでゲロ」


 ビリガエルが信乃に向けていた目には哀れみがこもっていた。諭すように、責め立てるように、彼は言い放つ。


「いつまで古い夢物語を思い描いているゲロ、偽物の勇者? お前にはもはや力もないし、お前に裁けるような明確な悪(魔王)も、お前が守るべき味方(人間)も、もうこの世界にはいないんでゲロよ?」


「……」


 彼の言うこともまた、正しいと思った。

 それがこの現状と、これまでの状況が物語っている。


 帝国の力は圧倒的で、もはや人にはどうしようもない。人間の切り札だった神器と勇者すらもほぼ失われてしまっている。新しい勇者も信乃一人で、しかも一度は負けて追われている身。

 もう、勝てないと思われているのだろう。


 だから勇者を助けるはずの人間が、帝国の言いなりになってしまっている。魔物とは違う、魔人とならまだ交渉の余地があると――従属の余地があると考えているのだろう。早死するくらいなら少しでも長く、帝国に飼われるような生き方を選ぼうとしている。

 だからこそ魔人への機嫌取りや報酬目当ての冒険家だけではない、アース帝国と一時的不可侵条約を結びたいがために、国ですら信乃を狙っている。 


 こんなに多くの人々を殺されているのに、誰も戦おうとしない。

 どうしようもなく、信乃の味方などいない。

 本当に、こんな世界を救う価値があるのかと疑いたくなってくるくらいに。


 ――それでも。


「……『エクスプロージョン・バースト』!!」


 信乃は不意に、上に向けて魔法を放つ。

 それだけで古い洋館は倒壊を始め、瓦礫が降り注ぐ。

 

 ――それでも、有麻信乃は引き金を引いた。


 その混乱に乗じて、信乃は逃亡を開始した。


「……ちっ、追うゲロよ、皆! 奴を殺すゲロ!!」

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