十八話:裏切られた偽善者
「『ギガント・ロックマルクバースト』!」
「『毒炎』!」
「『ドラゴンサンダー』!」
「『ギガント・アクアバースト』!」
咄嗟の判断で、信乃は神杖を実体化。防御魔法を展開する。
「『ディヴァイン・サンクチュアリ』!!」
光のドームの外側で、大きな衝撃が起こる。防御は成功。
だが、神杖を晒してしまった。
(何……!?)
衝撃の煙が晴れた周囲を見渡し、驚愕する。
左右の二階廊下に二体ずつ、計四体の魔人が新たに出現している。奥の部屋に潜んでいたようだ。
アサルト・ガンドを持った、大きな鳥の羽を付けた茶髪の男。
スナイプ・ガンドを持った、黒い蛇頭の大男。
大型のブレード・ガンドを持った、左腕だけがドラゴンの爪と鱗に覆われた金髪の女。
小型のブレード・ガンドを持った、泥が人の形をとっている何か。
向こうもまた、信乃を見下ろし驚いている。
「おいおい、あの一斉攻撃を防いだのか? 俺達は誰も『ラタトスク・アイ』は持っていないんだったか。今の数値は是非見ておきたかったのだが。……というか彼は、まさか……」
「驚愕。歓喜」
「あの杖は……間違いないわね。まさか、こんなところで出会えるだなんて」
「……グフ。シンジョウノ、ユウシャ、ミッケ」
そんな中、魔人ビリガエルだけが先ほどとは打って変わって冷静だった。
「んんーオイラはひょっとしたら、とは思っていたでゲロ。『魔人殺し』、魔人を単独で殺し続けるだなんて、ただの人間にやれることとは思えなかったからゲロね」
「……驚いた。いつからお前らは、魔人同士で仲良しごっこが出来るくらいには賢くなったんだ?」
魔人達に囲まれているという、内心の動揺と焦りを押し殺し、少しでも情報を引き出そうと信乃は冷静を装って問う。
魔人達の唯一の弱点とは、自分達が人間や魔物に勝っているという自覚からくるプライドの高さだった。
彼らは徒党を組むことを極端に嫌う。信乃の捜索ですらも、手柄を独り占めするために単独行動をするほどだ。
信乃もそこに活路を見出し、各個撃破を狙ってきた。このような事態を全く想定していなかったわけではないが、それでも戦略の前提を覆されて焦らずにはいられない。
「そりゃ、オイラも普段は単独で動いているでゲロよ。でも、かの有名な魔人殺しが来るとあらば、賢くて慎重なオイラは頭を下げてでも他の魔人に協力を要請する他なかったゲロ」
「なぜ、俺が来ると分かった?」
「んふふ、それはでゲロね……」
ビリガエルは含みのある笑いを浮かべる。
直後、そのすぐ横の何も無い空間から突然、冒険家らしき人間の男性が姿を現した。
「……あの姿。間違いありませんビリガエル様! 彼が、アルヴ王国であなた様の討伐クエストを受けていた魔人殺しと思しき男です! まさか、指名手配中の勇者だっただなんて……!」
「……っ!」
やられた、と信乃は思う。
ステルス。完全に姿と気配を消せる、あの人間が持っている魔法なのだろう。珍しい能力で、信乃も初めてみた。
クエストを受ける時は必ず周囲に人間がいないことは確認していた。だが、魔法が使われている痕跡の確認までは怠っていた信乃に落ち度がある。
そこまではされないだろうと高をくくり、しかし実際にステルスで姿を消してまで、信乃が魔人討伐のクエストを受けるところを見ていた者がいた。その彼が、先回りしてビリガエルに告げ口をしたのだ。
だが、まだ不可解なことがある。
「おい。なぜその人間は魔人の横にいて、協力している? 魔人にとって人間はただの侵略対象じゃなかったのか?」
その冒険家も、この場で初めて魔人殺しが神杖の勇者だと気が付いた様子だ。
つまり彼は信乃がビリガエルの討伐クエストを受けるところを見て、報酬が目当てでビリガエルに告げ口をしに行ったのではなく、単純に彼の危険を教えにいったことになる。
魔人に会いに行けば襲われる危険があるにも関わらず、なぜわざわざ信乃の魔人ビリガエル討伐を阻止しようとしたのだろうか?
脅されていたり、最悪催眠能力まで想定していたが、ビリガエルの口から出た答えは余りにも予想外なものだった。
「ああ、それは単純だゲロ。彼の故郷はこの近辺平野にある村の一つ、サビト村だゲロ。その村とオイラは友好関係にあるんだゲロよ。お前も運が無かったゲロね、オイラの討伐クエストを受けるところを、サビト村の人間に見られてしまうだなんて」
「……っ!?」
友好関係。そんな言葉がまさか魔人の口から出るとは思わなかった信乃は面食らい、追撃するように冒険家が続く。
「ああそうだ! ビリガエル様はわが村の恩人だ! そのお方を倒そうなどど、例え勇者であっても我々が許さない! ここで死んで詫びろ!」
「……お前は、何を言っている? そいつらが今、この世界で何をやっているのか分かっているのか? そいつら魔人の手で、この大陸の人間は毎日殺されている。世界を、滅ぼしかけているんだぞ……? 俺が魔人を殺して、人を、世界を救う。だから……」
芯のある冒険家の言葉を受け、信乃は茫然と魔人の罪を、自分の使命を語るしかない。だが、彼はますます感情的になるばかりであった。
「黙れ!! お前は……私達を知らない!! この地域は争いが絶えない。私達の村は貧しく、他の村々にも侵略され、滅びかけていた。そんな時他の村の人間を殺し、我々を助けてくれたのがビリガエル様だ! この方がいなければ、魔人達が世界を滅ぼす前に、我々は人の手で滅んでいたんだよ!!」
「んふふ、彼らサビト村伝統の虫料理は絶品だからゲロね。この味が滅ぶのは困るから、彼らを守っているゲロ。素晴らしき平和的な友好関係が成り立っているでゲロ」
じゅるりとビリガエルはよだれを拭う。
何も言えなくなっている信乃を指さし、冒険家は更に畳みかけた。
「この国では勇者なんて偶像を信仰して、お前もいつか世界を救うのだと信じている。だが、ビリガエル様に救われて我々サビト村だけはようやく気付けた。お前には今の世界を救うことなど出来ない! 実際我々がこうして苦しんでいる間にも、お前は逃げ回っていて何もしていないじゃないか! なのにこそこそと、我らの英雄だけは殺そうと? 何が救いだ! なら、今からでもお前が変わってくれるか!? お前は私達の為に他の人間を殺してくれるか? 私達だけを守ってくれるのか!? どうせ出来ないだろう!? 『人』を救うなどと言う、理想だけは高い偽善者め! 現に我々を救ってくれたのはこのビリガエル様だ! 断じてお前ではないんだよ、偽物の勇者!!」
「……」
信乃はガンドを握る手に力を込めた時、それは唐突に動いた。
「うるさい。我慢不可。いただき」
左右にいた魔人四体のうちの一体、蛇頭の魔人が大口を開け、冒険家の身体に齧り付いていた。