十七話:そんな価値は、許されない
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ブーリ森林。
ミズル王国の北東部――アース帝国とヨトゥン樹海域との二つも境目を持つ、トネリコ村よりも更に辺境の森林だ。
かつてこの地を根城にしていた凶悪な魔物は、先代の勇者達が倒した。
しかしすぐ隣には魔物達の生息域であるヨトゥン樹海域と、魔人達が蔓延るアース帝国の脅威があるため、未だに安全な地域とは到底言えない。
そんな危険性、更には遠さも相まってか、国や領主からの支援や交易もここまで来ることが少なく、周辺の平野に点在する村々は自立した生活を強いられているそうだ。森の限られた安全な狩場や採取場所を巡り、村同士の揉め事や紛争も多々あるのだとか。
信乃はミズル王都の商人から馬車を借り、自ら馬を引いてその手前までやってきていた。
今回の目的は、この森林の廃墟を根城としている魔人・ビリガエルの討伐だ。
森の内部までの馬車の走行は難しく思われたので、入口で馬を止めるとすぐにこの周辺地図を広げていた。
ここに来る前、依頼主である村に立ち寄って聞き込み、目的の廃墟の位置は概ね把握している。マークした場合と現在位置を比較すると、ここから差程遠い位置にはないことが分かった。
(徒歩で十五分程、か。それに比べて……)
もう一つの目的地であるグニタ洞窟の位置も確認する。
こちらは目的の廃墟よりも、更に森の内側へ三十分程の距離がある。やはりまずは廃墟が先だろう。
馬車から使い捨て魔器やポーション等の必要な荷物を詰め込んだバッグを持ち出し、信乃は背丈の何倍もある木々が立ち並ぶ、薄暗い森の中へ歩き始めた。
今日は晴れており、木漏れ日が少し温かい。鳥のさえずり、虫の鳴き声が絶えず響く。
木々をかき分けて森の悪路を進む間、何となく信乃の頭を過ぎっていたのはキンジの言葉だった。
『この強化魔法、そして補助魔法ばかり覚えてしまっていることこそが、あなた様の価値であり、神杖に適正者として選ばれた、人間としての本質だとわしは思うのじゃよ……信乃様。あなたはきっと、とても優しい心の持ち主であらせられるのじゃな』
「……強化魔法や補助魔法が、俺の価値? 人間の本質? 何だよそれ、訳分からねえ」
その言葉を、彼は嘲笑する。
なんとも滑稽な話だ。
それはまるで、多くの仲間に寄り添い、助けてあげることが彼の役目だと言われているようだったから。
彼の価値など、意味など、あの日からただ一つしか許されていないというのに。
「殺す、殺す、殺す。俺はただ魔人を殺し尽くす。その為だけに、俺は勇者となろう。それだけが……俺の全てだ」
しばらく進むと、開けたところに目的の廃墟の洋館があった。壁にはあちこちで蔦が這い、かなりの年月が経っていることが分かる。
「神杖よ、勇者の名の元に神秘をここに具現し、我に万夫不当の力を与えよ――『ユグノ・ブースト』」
神杖を実体化させ、いつものように自分へ強化魔法をかけた。
準備が完了次第、すぐに洋館の扉をガンドで乱暴に撃ち破って中に入る。
今日もまた、あの日の約束に近づくための殺戮を始める。
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「ひ……っ!? な、何だゲロ、お前……!?」
洋館ならではの広い玄関。目の前にはすぐに大きな階段があり、吹き抜けになって下からでも見える二階への廊下へ続いている。
その階段の先で、スナイプ・ガンドを抱えた白軍服、緑のカエル頭の魔人が、怯えた様子で信乃を見ていた。
「……魔人ビリガエルだな? 貴様という悪を、この世界から排除する」
問答無用、信乃は入口からガンドを魔人ビリガエルに向ける。
ビリガエルという魔物の能力は下調べしてある。敵の攻撃を避けるだけの距離は充分。スナイプ・ガンドの遠距離射撃に気を付けるだけだ。
ここから、一方的に魔法をぶつけて相手を殺す。
いつも通り、ここからは憎しみや使命感すらも通り越した無心。
信乃はただ魔人を殺す機械と成り果てる。
躊躇いなく、一切の手の震えもなく、そのガンドに魔力を込めて――
「……なぁんつって、ゲロ」
周囲から、魔力が膨れ上がるのを感じた。