三話:世界の異変
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「いや待って、ちょっと待って欲しい」
召喚された異世界の、初めての街の初めての武器屋で、信乃は激しく狼狽していた。
防具の方は想像通り、ゲームや漫画でもよく見る中世のフルプレートや革製の装備がある。
しかし、武器の方が何やら思っていたのと違う。
無機質な黒い銃身。その先端から伸びる刃。それらの表面に幾つも走る青い線のような文様。
普通なら剣がずらりと並んでいるはずの机に並んでいるのは、いわゆる剣銃だ。
「あん? どうしたあんちゃん」
「いや。随分と変わった武器を扱っているんだなこの店、って……」
「は、何言ってんだ? 別の国から来たのかあんた。『ブレード・ガンド』なんざ、このミズル王国では一般的な部類の魔器だぞ」
「へ、へぇ……」
銃器が出てくるファンタジーももちろんあるだろう。だが、まだ明らかに剣とか槍で戦っているような文明レベルにしか思えなかったこの世界に、こんな現代兵器を思わせるものがあることに信乃は驚いていた。
まるで、これらの武器だけがタイムスリップしてきてここにあるかのようだ。
「『アサルト・ガンド』とか『スナイプ・ガンド』とかと比べて遠距離性能は劣るが、男のロマンはやはり近接遠距離どちらもこなせる『ブレード・ガンド』だよなぁ。『スラッシュ』系と『ジャベリン』系の近接魔法はもちろん、『バースト』の基礎魔法系まで射出出来るのはこいつだけだぜ。あんちゃんの適正属性はなんだい? 五属性全部そろえているし、無属性ももちろんあるぜ」
仕事モードに切り替わったらしい男は、信乃の動揺など気にした風もなく商品の説明を続けている。
「えーっとおっさん、ちなみにっすけど。普通の剣とか弓とか、そういった武器はあったり……?」
「……はあ、ただの武器? そんな弱いもの、今更誰が使うんだよ」
「……」
剣や弓は使われていない。この時代インフレ武器達が、冒険スタート地点みたいな街中のただの武器屋に当たり前のように売られて、出回っているというのだろうか。
「これがこの世界の標準的な武器だってこと? ……でも仮に魔王や魔物と戦って欲しいとか言われて、こんな武器で戦うのもあんまりロマンがなあ……」
「なあ、あんちゃん。ひょっとしてあんた、二十年以上眠っていただなんて冗談を抜かさないよな?」
耳ざとく信乃の小さい独り言を聞いていた男は、呆れた様子で答えた。
「魔王なんざ死んだだろ。二十年前、勇者達との世界が終わるかもしれないってくらいの激闘の末な。今じゃ生き残った魔物も時折の暴走以外は基本大人しい。もう、完全に人や亜人の世の中だっつうの」
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「……なんだこの異世界は」
武器屋を出た後、男に教えて貰った道を歩きながら信乃は一人、そう漏らすしかなかった。
考え事をしながら下を見て歩いていたので、途中で誰かにぶつかってしまう。
「あ……っ、ごめんなさい」
「ン、いえいえお気になさらずー。……うン?」
相手はまた、変な格好をしていた。
全身を黒いぼろぼろのローブですっぽりと覆い、顔はピエロのようなお面を付けていて分からない。お面とフードの隙間からは、綺麗な長い金髪がこぼれていた。
背丈で言えば十三、四歳程度の子供だろうか。声で辛うじて少女なのだと分かった。
「ほォ……へェ……うんうん、なるほどォ……」
そのピエロの少女が、まじまじとこちらを見つめてくる。彼女に言われたくはないが、やはり信乃の格好が気になるのだろうか?
「えっと……どうしたのかな、君?」
「……クスッ。いえいえ、何でもないヨー! バイバイー!」
どう対応していいか信乃が困っていると、その少女は彼から離れ、何やら嬉しそうにあっという間に去って行ってしまった。
(何だったんだろう、あの子)
気を取り直して、再び歩く。
しばらくすると、本当に大きな通りに出た。更には近くに広場があり、信乃は休憩がてらその中央にあった噴水の前に腰かけた。
改めて、周囲の光景を眺める。
レンガで出来た道の通りには多くの露店が並び、食べ物や薬草等が売られている。街の一般市民達が、派手な格好をした冒険者のような者達が、かっちりと鎧で身を固めた兵士のような者達がせわしなく行き交っている。目の前に広がるその景色は、確かに信乃の知るファンタジー世界だ。
彼らが装備している武器以外は。
「さっきの剣銃に、小型拳銃。うわ……でかい機関銃みたいなのも。景観ぶち壊しじゃん。本当にだれも剣も槍も弓も持ってねえ」
どうやら異世界は異世界でも、一際ろくでもない異世界に来てしまったらしい。一体どういう世界観なのか知りたい。
しかし、まずは今後のことを考えるべきかと思考する。
「仮に俺が、可能性は極めて低いが、女子からバレンタインチョコを貰えた確率よりもさらに低いが……いやもうゼロパー下回ってた。まあもしもこの世界を救うために、神様なるものに召喚された勇者だとしよう。俺は、何をするべきなんだ? 魔王とやらはもう倒されたらしい。ということは、あと考えられるのは……」
「おい、そこのお前」
ぶつぶつと呟く信乃の前に、いつの間にか一人の兵士が、先程武器屋で見た剣銃みたいなものを携えて立っていた。
「今、神様と言わなかったか?」
「へ。あ、はい。言いましたけど……?」
ひょっとして、この俺の召喚に心当たりが? 王宮招待ワンチャン? と一瞬淡い期待を抱いたが、兵士の怒鳴り声が見事にそれを打ち壊してくれた。
「やはりか! 格好も怪しいと思った! 貴様、アース帝国の手の者だな!? 神を語ったのだ、間違いない!!」
「へ!? ちょ……! いや、多分ちが……!」
剣銃を構えられ、撃たれる――と怯んだ瞬間、兵士の後方で激しい破砕音が鳴った。