十二話:新たな啓示
前にロアの家の書斎で調べさせてもらった勇者の伝承によれば、神器の攻撃魔法はエクスプロージョン級を遥かに凌ぐ威力階級だったそうだ。それは信乃も「ディヴァイン・サンクチュアリ」で実感している。
しかしこれこそが問題の根幹であるが――信乃の継世杖リーブは補助魔法はどれも強力なものの、現状では肝心の攻撃魔法がない。だからこそ無属性のガンドに頼らざる負えないのだ。
信乃の他に神器の使える新たな勇者が召喚された、という話も上がってこない。どうやら今回召喚された勇者は信乃一人のみで、今後も一人で勇者として戦っていかなければならないようだ。
また神器の他にも、神々が造ったとされる「古き魔器」にも、エクスプロージョン級を上回る威力階級の魔法を使えるものも存在する。
「カタストロフ」などという威力階級の詠唱を使っていた、あのヴィーザルの銀槍「ブリューナク」がそうなのだろう。
だがこちらに至っても、現在の世界ではほとんど見つかっていない。あったとしても、とっくに誰かの手に渡っていたり封印されていたりする。
というわけで、信乃自身が出せる火力はそう簡単にもうこれ以上にはなりそうもなかった。
ならば仲間を集い、強化して属性魔法や数で押せばいいのだが、ここで帝国の思惑の一つでもあるのか、現状の「神杖の勇者指名手配」が効いてくる。
帝国は魔人達だけでなく、不可侵条約などの政治的な交渉(脅しとも言う)や高い報酬で、周辺諸国や冒険家達にまで捜索を依頼しているのだ。
協力を仰ぐには信乃の正体を明かす必要がある。しかし、もしもさっきの冒険家のような報酬目当ての者に明かしてしまえば、信乃は捕まってしまうだろう。
誰が敵で、誰が味方なのかすらも分からない。
だから信乃は、こうして姿を隠して一人で戦うしかない。
こんな状態で、複数の魔人達に襲われたら?
また、あの底知れぬ力を見せたヴィーザルが現れたら?
「……クソッ」
急に、のうのうと交渉に応じた国々や、呑気に報酬目当てで今も舌なめずりして信乃を探しているであろう冒険家達に怒りが湧いた。
現状の一番の問題とは、そんな状態の信乃ですら、冒険家達の中ではトップクラスの実力になってしまっていることだ。
(帝国と他の国々との力の差が……大きすぎる……!)
現在、魔人とタイマンで勝てる人間など、ごく僅かだろう。
この世界に来た時、魔器を扱う人間の強さには驚いたものの、残念ながら魔人達はその遥か上を行っている。
使える魔法属性数もほとんどの人間より多い。魔法攻撃力も並の人間より遥かに高い。頭も良く、狡猾。帝国への忠誠心も厚い。戦闘においては、完全に人間の上位互換だ。
そんな一体一体が強い上、数も多い怪物達はもうすぐそこまで迫っている。
誰もが諦めてしまっている。ただ帝国の機嫌をとってあるのかも分からない時間を稼ぎ、危機感を押し殺し、現実から目を背けてしまっている。
今帝国がその気になって全力で侵略を開始すれば、この大陸は簡単に滅びるというのに。
「……クソ!!」
また悪態を付き、今度は壁も殴っていた。
時間がない。
なのに、何も出来ない。
「こんなことで、あいつとの約束を果たせるのかよ。……世界を……救えるのかよ……っ!」
有麻信乃は、焦っていた。
□■□
その日は、いつもとは違う夢を見ていた。
『……よか……、やっと……また……つなが……』
真っ白な空間に立っている信乃の耳に、女性の声が、途切れ途切れに聞こえてくる。
覚えている。この世界に来る前にも聞いた、あの声だ。
――恐らくは、信乃をこの世界に呼んだであろう人物の。
『それ……けい……じょう……リーブ……も、手……入れ……よかっ……た……』
「……良くねえよ」
それに、信乃は苛立ちを込めて返す。
「あの杖のせいで、どれだけの人が死んだと思っている!! 俺なんかの為に、どれだけの人が犠牲になったと思っている!! これの、何が『良かった』だ!! ふざけるな!」
それは八つ当たりにも等しかった。そうでもしなければならないほど、感情が不安定になっている。
だが、彼の声が届くことはない。向こうの話が一方的に進む。
『次……は、グニタ……洞、窟……。そこ……が、眠っ……』
「……っ!」
まただ。
また、彼女は信乃の向かうべき、次の場所を教えてくる。
「……何なんだよ、お前は。あっちへ行けこっちへ行けと、次々と……!」
信乃の声はやはり届かない。それでも、彼は問わずにはいられない。
『ごめ……い……、もう、こ……以上の……助け……出来な……。大……丈……あな……なら……』
「お前は、何なんだ!? お前は、何を知っている!? 何故、俺をこの世界に呼んだ!? 何故、アース帝国はこの世界を滅ぼそうとする!? 奴らの言う新たなる神、『アウン』って――」
次第に薄れていく声に対して、信乃は最後まで叫び続けた。
「――『アウン』って、何なんだよ!?」
『……負け、ない……で……信乃』