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十話:現実への苦悩

 □■□



「……いらっしゃい」


 街はずれの、狭い店内。

 老婆が読書をしながらくつろいでいると、普段ならほとんど人が来ないはずのそこに、珍しく来客があった。


「記憶屋、だな。噂は聞いている。記憶操作の魔法使いなんだろ、婆さん」

「まあ、そうさねぇ」


 やってきたのは、顔も分からない全身黒ずくめの男だった。その背には、瀕死で口から泡を吐いて気絶している冒険家らしき男が担がれている。


「仕事の依頼だ。この男のここ数日の記憶閲覧、及びその消去を行って欲しい」

「ほう。その記憶を見るのはあんたかい?」

「そうだ。あんたは見られるのか? 絶対に見ないで欲しいのだが」

「ならあたしは見ないさ」

「……その言葉を、素直に信じていいのか?」

「面倒な奴だねぇ。おおかた口封じかなんかだろ? だったら殺しちまえばいいのさ。見る限り、それが出来ないくちでもなさそうだ。そっちの方が手っ取り早いし、あたしに払う金もない。なんでわざわざ生かしてるんだい?」


 老婆がそう尋ねると、男は弱々しい声で答える。


「人は殺さない。そう、決めている。……だから、頼む。結局俺は、あんたを信じるしかない」

「……ああそう。ったく、男がそんな声出すんじゃないよ。安心しな。こう見えてあたしは、いわゆるこの裏側の仕事に誇りを持つプロだ。金に誓って嘘はつかないし、約束を破ったら殺されちまう覚悟も出来ているよ。その分、金も多く取るがね。十五万ゴールドだ。払えるかい、あんた」

「……ああ、大丈夫だ」


 そう言って、男は金と冒険家を差し出した。

 


 □■□



 有麻信乃は、焦っていた。


 記憶を消し、傷を回復させた冒険家をそこらの裏路地へ捨て、ようやく宿へ戻ってきた。

 窓の扉を閉め、カーテンもしっかりと閉める。


(戸締まりも出来ていないとか、疲れているな。ここ最近貯めていた貯金が、これでほぼゼロ。また貯めていかなければな……)


 装備を机に置き、ふと覗いてしまった姿見に、やつれた自分の姿が映っていた。


「……」


 あの惨劇の日から、約三か月が経った。


 すぐに帝国の信乃捜索が始まり、当分は森の中で隠れながら生活していた方が安全だったかもしれない。

 それでも信乃は、姿をくらませながらも魔人を倒すために森を出て、アルヴ王国の王都に向かうことにした。


 思いついたのが、冒険家になることだ。

 冒険家ならばソロでもやっていける。しかも服装も自由なので防御面を考慮したフルフェイスマスクも珍しくはないし、怪しまれずに顔を隠すにはうってつけの職業だった。

 更には、冒険家ギルド協会は魔人討伐のクエストも扱っている。これなら魔人を倒しつつ金銭も稼ぎ、日々の生活を賄い、装備も強化させられる。どこにいるのかも分からない魔人と確実にエンカウント出来る、というメリットもある。

 アルヴ王国王都にある冒険家ギルド協会で冒険家登録をすると、すぐに活動を始めることにした。


 継世杖リーブ。これを持っていたことが、大きな救いだった。

 手に入れて約四ヶ月が経つが、神器とはとんでもないものなのだと日々痛感させられている。

 信乃自身の保有出来る最大魔力量も、魔法攻撃力も人並みだ。ただガンドを扱っているだけでは、そこらの冒険家並にしか戦えないだろう。


 だがこの神器そのものが膨大な魔力を貯蔵することが可能で、信乃がほとんど魔力を供給するまでもなく、現状では人に到達扱えない域にある強力な魔法を三つ行使出来る。


 どんな怪我でも瞬く間に治してしまう超回復魔法「ディヴァイン・ヒール」。

 数値の暴力でどんな攻撃でも防げてしまう超防御魔法「ディヴァイン・サンクチュアリ」。


 そして極めつけは、強化魔法「ユグノ・ブースト」だ。

 この魔法を使うだけで、術者本人や周囲の人間の筋力、肉体耐久力、装備強度、移動速度等が向上し、更には最大保有魔力量・魔法攻撃力も格段に上昇させ、放つ魔法が劇的に強化される。


 これが現在の戦闘の要と言っても過言ではなく、無属性のガンドで――ロアから託されたガンドで強力な魔物や魔人とも張り合えるだけの魔法を放てるようになった。


 そうして冒険家として始めた一人での戦いは、まず最初は魔物討伐だった。

 自分の手で、自分と同じかそれ以上の大きさの命を殺めるというのは、今までやったことは無かった。改めてロア達の凄さを実感しながら、最初こそ手が震えたものの、回数を重ねるうちに心は麻痺してその引き金を引くことに慣れてしまった。


 魔物討伐でもらった報酬で装備も整え、ある程度実戦経験を積んできたら、とうとう一人で魔人の討伐を始めていた。


 こちらの殺害には、あまり躊躇が無くなっていた。殺すことに慣れたのもあったが、何より魔人達にあの道化の顔を重ねてしまい、殺意の方が強くなっていたからだ。

 魔人の厄介なところは複数の属性持ちで属性相性有利を取りにくい・取られやすいところであったが、強化した無属性魔法を扱う信乃には関係がなかった。まさに彼らの天敵だと言えるだろう。


 そうして時折死ぬような思いをしながらも戦いを繰り返して少しずつ強くなり、戦闘スタイルも固まってきた。

 強化した無属性魔法で魔人の魔法を相殺しつつ、強化された脚力で相手を翻弄し、こちらもまた強化された使い捨て魔器の魔法を主とした奇襲や奇策を駆使して、着実に相手の隙を付いて倒す。

 これで一般兵の魔人一体相手ならば、どんな属性を使ってこようが難なく倒せるようになった。ひとまず今日のような戦いを繰り返す分には死の危険も無いし、冒険家としても食って行けるだろう。

 

 また、身を潜める上で一番の問題と思われた継世杖リーブの隠し場所についても、意外にもすんなりと解決した。魔器には出来なかったが、神器は霊体化させて姿を隠せることを発見したのだ。

 しかし、霊体化中は「ユグノ・ブースト」の継続強化状態以外、一切魔法を使えない。正体がばれないよう基本的に霊体化しているが、「ディヴァイン・ヒール」や「ディヴァイン・サンクチュアリ」を使用する場面では、左手に顕現させる必要がある。


 顔も神杖も隠したそこに、一切の甘さをそぎ落としたそこに、もう神杖の勇者の姿は無かった。

 いるのは、日々魔人を殺し続ける冷徹な殺戮者だ。


 しかし、ここにきて信乃は大きな問題に直面している。 

 この現状であれば、しばらくは今日のような失敗をやらかさない限り帝国に見つかることもないし、こうして毎日少しずつ魔人を殺していくことも可能だろう。


 だが、これでは魔人討伐のペースが余りにも遅すぎる。

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