七話:影で戦う者
□■□
「……驚いた。まだ生きてるのかよお前」
爆発の収まったそこに残った首だけのストーンピッグを見て、男は――有麻信乃は、この魔人のしぶとさに呆れた。
しかし、当然もう戦意もないし、直に死ぬだろう。
折角だから尋問しても良かったが、彼らの口は硬く、どうせ帝国について語る気はないことは分かっている。
立ち去ろうとした時、ストーンピッグがしゃべった。
「……ヒ、ヒヒ……。哀れ、哀れナリ……。お前がどれだけ魔人を殺そうと……まだまだ腐るほど、そしてオイラよりも強い魔人が帝国にはいる。お前に、帝国は滅ぼせない」
「……」
再び、ガンドの銃口を彼に向ける。それもお構いなしに、相手は話し続ける。
「アース帝国、万歳。全ては我らが新たなる神、アウン様の神託のままに……!」
「あっそ。『バースト』」
今度こそ、その場から魔人が消えた。
□■□
また顔を隠し、杖を霊体化させた信乃は、魔人の討伐完了を伝えるためアイナ村に戻った。
「おい、あれ……! みんな、魔人じゃない! さっきの人だ!! あの冒険家が、魔人を倒してくれたんだ!!」
閉まった門の隙間からびくびくと外の様子を伺っていた若い村人の男が、信乃の姿を認めるなり歓声をあげる。すぐに門が開き、大勢の村人達が出てきてあっという間に信乃に群がった。
「おお、よくぞあの魔人を……ありがとう、ありがとう……! どなたかは存じ上げませんが、まさかこんなに強い冒険家が来てくれるだなんて!」
「助けなんて、こないと思ってた。でも本当に、本当に助かったのね! あなたは私達の命の恩人よ!」
「うぇぇぇええん!! 怖かったよぉ〜!!」
怒涛の賛辞と感謝の嵐を前に、しかし信乃の言葉は冷めたものだった。
「……礼は要らん。仕事をしただけだ。それよりもお前達、俺のことはすぐに忘れろ。後日外部から『誰がここの魔人を討伐したか』と聞かれても、『冒険家ライゴウが倒した』と答えろ。死にたくなければそうするんだ」
凄腕の有名冒険家の名を挙げておく。彼ならばあの魔人を一人で倒す充分な実力を持っているはずだ。
しかし突然こんなことを言われて、村人達は困惑していた。若い男性が慌てた様子で声を発する。
「そ、そんな! 折角村を救ってくれた方を忘れろなとど! 今晩、村で宴を開きます! どうか冒険家様にもそれに参加していただきたく、そこでたくさんお礼を……!」
「……ッ!」
宴。そんな村人の、ただお礼をしたい一心で言ってきた単語で、不意に記憶がフラッシュバックしてしまう。
のどかなトネリコ村。
宴を開き、陽気に笑い合う村人達。
一緒に笑っている信乃。
無惨に破壊し尽くされたトネリコ村。
あちこちにこびりつく、村人達だった血と肉塊。
立ち尽くすだけの信乃。
「やめろ!!」
急に大声を出した信乃に、村人達は驚いてしまった。我に返ると、頭を振り、疲れた声で謝罪する。
「……すまない、気遣いは不要だ。俺はすぐにこの村を出ていく。村長はどこだ? 依頼主から依頼完了のサインを貰わないと、報酬が受け取れない」
残念そうな様子の村人達であったが、村長の名を出すと更に顔が曇ってしまった。
「そ、村長は……」
□■□
村長の家に案内されると、部屋に村長と思しき初老の男が横たわっていた。
「……」
酷い怪我だ。あちこちに巻かれた包帯に血が滲み出て、骨も何箇所か折れているように見える。
村長の妻であろう初老の女性が、悲しそうに語る。
「あの魔人にやられてしまいまして。依頼完了のサインは、私でも大丈夫なはずです。お気になさらないでください、冒険家さん」
「……杖使いはいないのか? 回復薬は?」
「杖使いは、この村には居ません。王都の教会から呼んでも数日はかかるでしょう。ポーションは……全部あの魔人に奪われてしまいました」
「……そうか」
サインを貰いつつ、一瞬、霊体化している神杖に意識を向ける。「ディヴァイン・ヒール」ならば、一瞬で治せるだろうが――
(……だめだ。ここでこの杖の姿を晒すわけにはいかない。とは言え、このまま放置するのもかなり危ないだろうな)
仕方が無いので、それ以外の方法で治療することにした。