二話:異世界からの招き
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「…………は?」
そんな声しか、出せなかった。
如何にも中世ヨーロッパ風の文化を思わせるレンガ造りの建物。歴史の教科書で見るような洋服や革の軽そうな装備、がっしりとした鎧など様々な服装を身に纏う、様々な髪の色の通行人達。
自室のベッドで眠ったはずなのに、次に目を覚ませばそこはどこかの街の裏路地。しかも信乃は部屋着のジャージではなく、Tシャツジーパンという彼にしてはちゃんとした格好で突っ立っている。
「え……どこ、ここ……?」
少なくとも信乃はこんな場所を知らない。そもそも日本でもない気がする。どころか、現代ですらないような。
ガラガラガラ! という大きな音と共に信乃の前で土埃が舞う。像のような巨体とアルパカのようなもふもふを兼ね備えた見たことも無い生き物が、大きな荷台を引いて通り過ぎて行った。
「……おい、これって」
信乃はこの状況を知っている。
知らない街。知らない建物、知らない人。知らない生き物。
何もかもを丸ごと知らないというのなら、その世界はもう――
「異世界……召喚……!?」
自分の頬をつねってみる。きっとまだ夢の続きを見ているのだろう。最近ファンタジーのアニメも見てたし、きっとその影響で――痛い。
夢ですらない、そう自覚させられた信乃は一人でパニックに陥る。
「えええうっそだろおい!? 異世界!? 俺、転生しちゃった!? 本当に!? どどどどうすれば」
「うるせーぞそこの片目のあんちゃん。商売の邪魔になんだろ」
滅茶苦茶に慌てふためいていると、後ろの武器屋らしき建物から如何にも武器屋という感じの色黒筋肉ムキムキスキンヘッド中年男性が出てきた。不思議なことに言葉は通じているし、更には後ろの看板に書かれた、この世界の文字すらも意味が伝わってくる。
「あ……すす、すいません。店の目の前とも知らず、ここがどこなのかも、えっと、あの……」
しかし他人との対話など永らくしていなかった信乃は、厳つい男を前にして情けなく言葉に詰まってしまう。
「んー、なんだ迷子か? この王都、わりと複雑だからな。道教えてやるからよ、落ち着けや。敬語も要らねえよ」
ニッと男は気さくに笑う。見た目に反しての人当たりの良さそうな態度に、信乃の緊張も少し解けた。
とりあえず、街どころか世界を迷子なんですとは言わないでおく。
「それよりもよ。折角こんなとこまで来たんなら、うちの店を見ていかないかい?」
「……あー、えっとその、お金が……」
迷子にまでふっかけてくる商売精神、嫌いではない。是非とも見てみたかったが、手には何も持っていなければ、ジーパンのポケットも軽い。
こういう異世界召喚なら、初期費用や装備とか、欲を言うなら何らかのチートスキルとかを持たせて欲しかった(当然そんなものは発動出来そうもない)。というかそもそも、信乃を召喚したであろう人物すら現れない。そろそろ美少女召喚者ヒロインとか出てきても良い頃なのだが。
「はぁ? そんな奴がなんでこの王都にいんだよ。てかあんちゃん、変わった格好だな。どこから来たんだ?」
「あ、えっと……」
当然とも言える男からの疑念の言葉に、また信乃は言いよどんでしまう。かなり辺境の地から来たって答えるのが無難なのだろうか。
「ま、いいか。誰にせよ、客じゃないなら帰れ帰れ。気分ももう落ち着いただろ? あっちの道をまっすぐ行けば王都の中央大通りに出られるぞ」
確かに何故こうなったのかの原因は分からないが、とりあえずこの現状を受け入れつつあり、これからどうしようくらいの思考は回るようになっていた。道まで教えてくれた男には本当に感謝である。
「待ってくだ……くれ。折角だから、商品だけでも見せてくれないか? 後で買いたい、ってものもあるかもしれない」
しかしコミュ障なりに、折角異世界の人間とのコンタクトに初成功したのだ。もう少し収穫が欲しい。
この世界観のお約束の武器と言えばやはり、剣や弓、槍などであろう。ゲームやイラストでは幾度となく見てきたが、本物と対面したことは無い。
ならば折角の機会なので是非見てみたいと、信乃の気分はこんな時にも関わらず少し高揚していた。
「ふむ、しょうがねえな。金もねえやつなんざ相手にもしたくねえけど、未来のお客様ならな。その代わり、今度絶対に買いにこいよ?」
「ありがとうおっさん!」
口調のわりにはやはり優しい男だった。
信乃はうきうきしながら店の中に入り――だが、そこに広がっていた光景を目にした途端絶句してしまった。
そこには剣も、弓も、槍もない。
ずらりと並ぶのは、様々な大きさの、「銃身」に刃が付いた――
「どうだ、見事な品揃えだろ? うちにある魔器、『ブレード・ガンド』はよぉ」
「…………はえ?」