三話:アイナ村の危機
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アルヴ王国とアース帝国の国境沿い――アイナ村。
広場に集まらされた村人達は皆、怯えと悲しみの表情を浮かべていた。
彼らの視線は、すべてその怪物に向いている。
魔人・ストーンピッグ。
並みの成人男性の約二倍の背丈を持つにも関わらず、横幅もそれと同じ比率であるほどに膨れ上がった胴体。極端に短く太い手足。纏う白い軍服も特注サイズだ。
胴体の上には肥満した金髪の人の顔が乗っているものの、鼻と耳だけは豚のものになっている。
横には、彼と同じ高さにもなる巨大な大砲型の魔器、『ジャイアント・ガンド』が置かれていた。
「ぶひひ~。集まったナリねぇ。さあ、いつもの早くやるナリよ~」
粘り気のある口調でストーンピッグが急かすと、村長が震えながら前に出て話した。
「こ、この村の守り神、ストーンピッグ様。私達は罪深き人間です。懺悔をするとともに……きょ、今日も生贄を用意……いたしました……っ!」
大人達に押され、十歳の少女が前に出る。手を後ろで縛られ、布で口を塞がれている顔は恐怖に染まり、涙を浮かべていた。
周りの村人達は皆、辛そうな顔で目を伏せてしまう。
「お、ちゃんと指定した子ナリね。ぶひひ~そうナリよ。お前たち人間は生きているだけでも罪ナリ。それをこの寛大で慈悲深いオイラは、毎日の生贄と引き換えにお前達を今日まで生かしてやっているナリよ。それを忘れないで感謝して欲しいナリ~」
帝国よりアイナ村殲滅の命を受けて約二十日。
村の魔器は他の魔人にも協力してもらい全て取り上げたし、腕の立つ者も先に殺した。残っているのは、ただ死を待つだけの肉塊ばかりだ。
あとはストーンピッグが一体でこの村に居座り、村人を一日一人ずつ殺している。別に一日で壊滅させても良かったのだが、根気強く、じっくりとが彼のモットーだ。帝国もそれを許してくれている。
どうせ、助けなど来ない。
それを悟りつつある村人達の恐怖は日々積み上がり、大きくなっていく。ストーンピッグはそれを見るのが大好きなのだ。
広場に集まっている人数は確実に減っている。軽く数えただけでも、あと三十日程度でこの村は滅びると予想がつく。最後に残った人間がどんな表情をしているのか、それを見るのがとても楽しみだった。
ストーンピッグが一歩進む度に地響きを起こしながら生贄の少女に近づくと、彼女の表情がさらに強張り、股から体液までこぼしてしまっていた。
「あらあら~怖いナリよね~。だって君、これからオイラに殺されるナリ。まだ幼いのにね、これからなのにね、かわいそうナリね~。……うん?」
カツンと、小石が彼の頭に当たる。
飛んできた方を見ると、幼い少年が震えながら小石を構えていた。
「や、やめろ……ねーちゃんを返せ……。何が守り神だ……この人殺し、化け物……!」
すぐに母親と思しき女性が少年を抑え、必死に謝罪する。
「ごめんなさい! ごめんなさい! ど、どうかお許しを……!!」
「う……ぼ、僕、物語で知ってるんだもん! お前みたいな悪い奴は、必ず勇者がやっつけてくれるんだ! もうすぐ勇者が来て、僕達を助けてくれるんだ……!!」
少年は抑えられながらも、まだ抵抗の姿勢を止めない。目に涙を溜めながらも、ストーンピッグを睨みつけている。
「……ヒヒッ」
それを彼は、失笑で返した。
何を言うかと思えば、勇者。
召喚された新しい勇者とやらは、ヴィーザル皇女に襲撃され、仲間も失って今は一人で逃げていると聞く。到底勇者らしく人助けなど出来る余裕はないだろう。どころか、とっくにどこかで野垂れ死んでいる可能性もある。
(ブヒヒ……哀れ哀れ。君達は本当に哀れぇ……)
寧ろ興が乗ってしまったストーンピッグは、下衆な笑みを親子に向けた。
「よし決めた。今日はお前達二人も生贄に追加ナリ。今日だけ二人くらい増えても問題はないナリ。精々、その勇者とかいうのに助けを求めながら死んでいくといいナリよ」