百一話:駆動せし破壊の巨神
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【09:45】
連邦軍副司令官・ライザ少将は、焦っていた。
「……ぜえ……ぜえ……これでやっと、全地点に『タルタロス』は設置出来た……かいな……」
――というか、疲れていた。
身体が丈夫な部類の鬼人にあるまじく、ようやく仕事がひと段落した彼女は塔頂上・通信モニター前の床にぐったりと横たわっている。
一時間以上前に、司令官ヨルムが「勇者達を迎撃する」と言ってこの連邦軍前線指令中枢として占領した塔より発って以降、全軍の指揮はライザに委ねられてしまった。彼女はなんかいい感じの言葉を残して去っていったものの、冷静に考えるとただの職務放棄である。仕事の丸投げである。二人でもきつかったのに、一人でそれをこなせと言われたらもう死ねるのである。これはもう作戦後には「ヨルムちゃんの癒し成分をヨルムちゃんの全身からペロペロスハスハする権利」でも元帥に申請しなければ割に合わないのである。
しかし、その肝心のヨルムが戻らないことが今の大きな気がかりとなっていた。
何度も彼女と通信を試みてはいるものの、ずっと繋がらない。
やはり勇者達から返り討ちに遭ってしまったと考えるのが妥当なのだが、肝心の彼女の魔器「ヴァルキュリア・タイプ<ブリュンヒルデ>0000」の機体信号そのものは途絶えていない。生きているのか、死んでしまったのかすらもあやふやな状況だ。
勿論、この現状は連邦軍の指揮に大きく関わるため全員に伝えてはいない。
だがそんな彼らの頑張りもあり、これで作戦自体は上手くいく。
『――アア……凡人が、蛮族が。どうしてこうも……アウン様より賜りしワタクシの崇高なる至言に耳を傾けぬのか。ワタクシの声は……届かぬのか……?』
どこかのヴァルキュリアが拾ったのであろうその音声が、目の前の機器から聞こえてきた。
モニターの映像には、司祭のような様相をした黒き異形である血盟四天王の魔人ロキ・クルスベルグが、内周区側へ続く外壁の上で俯いている様が映し出されている。あちこちの地点で確認された分身ではなく、それこそが本体なのだろう。
それの様子は、とても落胆し悲しそうに見えた。
連邦軍自体も魔人達相手に依然優位に立ちまわれているし、もう「捕獲装置」の設置も終わっている。信じられないことに、後方で戦っている冒険家達が魔物達を押し返してこちらに向かってきているとの報告も上がっているが、残念ながらどう想定してもこちらのアクションの方が早い。
この状況で勝つのは、間違いなく「ヴァーナ連邦」だ。
「はっ……ええ気味や。あんたら、どうやら昔ヨルムちゃんに酷いことしようとしとったみたいやないの。ここで、その報いを受けてもらうで。ほな、その巨人を今こそウチらが……」
『――愛、ダ』
ロキはそんな、短い言葉を発しライザの言葉を遮った。
「……は?」
『オオ……許してくれ皆様方。ワタクシ、ようやく分かったのだ。アウン様の寵愛を説くだけではいけない。下等な皆様に、この神の次元の言葉など通じるはずも無かった……。なればこそ……ワタクシが。ワタクシ自らが! 皆様を愛さなければ! 聖母の如き抱擁を以てその存在という愚かさを全て受け入れなくては!! さあさあいよいよ地獄の幕開けだァ!! オオ、オオオ愛しき者達よ! もう魔人になれなどと強要はせぬ! 皆様はこれより――巨神の裁きを以て跡形もなく蒸発するのだからなァ!!』
ロキの姿が、一瞬で掻き消えた。
その直後、地響きが起こった。
「……! な、なんやこれ! おい誰か応答せよ! 外の状況を報告せえ!」
『こ、こちらマサヤ伍長! ライザ少将、もう誰でも見えています! たった今「あれ」にロキが乗り込み……ついに動き出しました!』
「……!!」
その言葉通りに、ライザは通信機を耳を当てたまま、顔を上げる。
『――ゴォエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!』
地響きと共に、ずっと座り込んでいた「その巨体」が大気を震わせる咆哮を起こして立ち上がっていた。
全身が土塊で出来た人型は、とにかく途方も無くでかい。ざっと見ただけでも全長は500メートルを優に超え、帝国の外壁すらもそれと比べると低く見える。その手足も異様に長く太く、眼下に見える超大型魔物すらも片足で簡単につぶしてしまえそうな程のサイズだ。
人型だが首にあたる窪みはなく、頭部に見えなくもない半円形が両肩の間から上にはみ出している。その半円を中心として、胸辺りまで大穴が空いている。
それの報告は、勿論二か月前に「あの戦場」を覗き見していたヨルムより聞いていた。
当然想定していた邂逅にも関わらず、ライザはそれの名を呆然と呟かずにはいられなかった。
「こ……れが、二か月前に一瞬でミズル王国を滅ぼすに至った破壊の巨神――『ユミル・リプロス』かいな……!」
『されど!! 皆様の身体が消えようとも、その魂をワタクシが受け入れよう!! 死とは個から解き放たれし究極の救済、無限への扉である! 魂は本来世界に還るものだが、この世界が既にアウン様とワタクシのものなれば!! つまりワタクシ、皆様は死して魂となってようやくワタクシの元へ彷徨い来るのだと解釈してしまおう!! アア、アア喜びたまえ皆様!! 皆様は死を以てようやくワタクシの愛を知り、アウン様への信仰の尊さを知るのだァ!! だからこそ理解したまえ、許したまえ――これは、ワタクシからの愛の一撃なのだアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!』
司祭の、本当に何を言っているのか訳の分からない言葉の後に、動き出した巨人は顔の穴より光線を放つ。
その破壊の極光は延長線上にいたヴァルキュリアの何機かを一瞬で溶かし、帝国の街並みを消し飛ばし、その地下にすらも大穴を開けた。
〝原初の裁き
魔法攻撃力:600
威力階級ディヴァイン:×128
無属性補正:×0.8
魔法威力:61440〟
『――さあッ!! 信仰無く生きる価値も無い皆様方ッ!! 神のお言葉を賜りし偉大なるこのワタクシとッ!! 一つにッ!! なろうともオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!』




