九十八話:巨神討伐クエスト
聞こえてきた複数の音声は、ミルラ達が乗るヴァルキュリアより発せられたものだった。しかし明らかに彼女達自身の声ではなく、通信魔器が別の場所から受信したものなのだろう。
最初に聞こえた女性の声には聞き覚えがあり、シラが驚いたように呟いた。
「……え、リナ……?」
それは間違いなく信乃達に良くしてくれている冒険家ギルド協会受付嬢によるものだが、今回は作戦本部で勤務していたはずの彼女自身は当然ここにはいない。どうやらいつの間にかミルラ達とも接点が出来たらしく、その際にヴァルキュリアと通信する術も貰っていたのだろう。
そのリナが、意気揚々と冒険家達に告げる。
『盛り上がっているところ申し訳ありませんが……ここに、更なるやる気爆弾を投下させてもらいますね! なんと此度連邦が独断で引き起こそうとしている事件の全様を、うちのクソギルドマス……ごほん、冒険家ギルド協会理事長が他の国々に報告してくれました! これにより、現在その各国軍隊までもが動き始めています!! まずはムスペル共和国とニヴル王国が連合軍を結成し、ヨトゥン樹海へ進軍! 操られてる魔物達を次々と掃討し、帝国へ流れ込んでくる魔物達もすぐに数を減らすことでしょう! それだけではありません! 今私のいるスヴァルト王国は連邦へ自国領サクマ高原への作戦本部設置許可を取り下げ、立ち退きを要求! 更にはアルヴ王国へ自国の通過を許可し、そのアルヴ王国が直接ヴァーナ連邦本土へと乗り込んで、此度の作戦停止を要求しようとしています! いやぁ、これは凄いことですよ! この戦いは、とうとう大陸全土を巻き込む規模のものとなったのです!』
「「「……!!」」」
冒険家達は息を呑み、絶句する。
ここだけではない、既に帝国の外でも戦いが起こっているらしい。
役職が違えども、国が違えども、それでも今この大陸は危機に瀕して、帝国と連邦を囲う一つの包囲網になろうとしているのだ。
そして更に彼女の言葉が、大いに冒険家達に刺さるものとなる。
『そして各国より、正式に我々冒険家ギルド協会を介して、冒険家達に緊急討伐クエストが発令されました! これを我々は「帝国ビフレスト降下作戦」改め――「巨神討伐クエスト」と名付けます!! 内容は当然シンプルに、かの巨人ユミル・リプロスの討伐となります! その報酬は勿論、依頼した大陸の国々が出してくれることになりました! さあさあ皆様、もう死んでいる暇なんてありませんよ!! あの巨神をぶち殺し、この戦いを乗り切ればなんと、連邦からだけではなく他の国々からも報酬が支払われるのですから!! それはもうとんでもない総額報酬の一攫千金は目の前なのですよ!! 分かってますか皆様、もう一度言いますよ! ――お金の為にも、ここで死んでる暇なんてないぞおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!』
「「「ひゃっはああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!! 金だああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!!」」」
『『『しかも俺達武器屋にも金が入るんだ!!!! とんでもねえ儲け話だ!!!! よしもっと魔器を造れ造れ造れえええええええええええええええええええええええええええええええええええええっ!!』』』
そんなリナの渾身の演説は、先程のシンジの演説よりも更に冒険家達を湧き立たせていた。それだけではなく、通信越しにいるらしい武器屋達までもが雄叫びを上げている。
「……おいシンジよ。これはどういうことなんだ? お前の、さっきの演説の意味は……」
困惑半分、哀れみ半分で、信乃はシンジにそう問いかける。
その彼もまた微妙な表情のまま、こう答えるのだった。
「まあ……ね。俺達冒険家はロマンや夢が大好きだし、そんな言葉には滅法弱い。だがそれ以上に――『金』にはな、もっと弱いのさ。……まあ、いいし? これでもう冒険家達の戦意は最大マックスだし? こうなっちゃもう、俺達はどんな魔物にも負けはしないし? ……いやうん……やっぱ、金には勝てないって」
「……」
子供もいるというのに、結構冒険家という界隈は大人の事情にどっぷりらしい。さっきの熱い決起集会はなんだったのだろうと信乃は思ってしまう。
しかしそんなくたびれた表情も一瞬、彼は更に首を振って、通信機を口に当てながら心底嬉しそうな表情で続けた。
『……ふっ。ありがとうギルド協会のお嬢さん! ではこれより、「巨神討伐クエスト」を開始する!! 実行するはこの区画にいる俺達全員!! ここから展開するは、昨日魔人サイクロプスを倒した「超大ギルド」という数の暴力戦法すらも、更に数でも団結力でも遥かに凌駕する全規模集団陣営だ!! これを俺は――「対巨神レイド戦線」と命名する!! 全体の荒い指示は俺が出すし、魔器等の物資補給等のバックアップは引き続きミルラ君達に任せよう! 俺達が各々複数の魔物や魔人達と戦うのではない! 俺達は一つの勢力として、この一括りの巨悪へと立ち向かう! どうしようもなく孤独になれず群れることしか出来ない馬鹿なお前ら、忘れるな! お前達は確かに、どうしようもなく一人ではないのだ! 長年培ってきた泥臭い連携を見せろ、意地汚い集団心理を見せろ! みっともない、弱いだなんて言葉には耳を貸すな! だって勝てばそれでいいのだから! さあ俺達の――誰にも負けない根性ってやつを、帝国や連邦に知らしめてやれー!!』
「「「よっしゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!!」」」
そんな彼の言葉を皮切りに、冒険家達の大進軍が始まった。