九十六話:新たなる伝説
「ちょ、ちょっとシンジ! あなた何言ってんの……!? そもそもあたしは、アルマ君達の正体をばらすことだって反対して……」
怒った様子でそのスピーチを止めようと声を上げたカリンを、信乃は片手で制する。
「アルマ君!? いいの? あの馬鹿シンジ、言うことだけ言ってアルマ君達に全部丸投げしようとしてるわよ!?」
「いいんだ。元より、そのつもりだったのだからな。俺達のことも、どうせ早かれ遅かればれていた」
「……ありがとうカリン。シンジだってきっと怖かった。私も、これ以上彼らに『戦って』なんて、言えないから……」
目を伏せながらそう言うシラを見た後、信乃は再びシンジに目を向ける。
「……とにかく、今更止めたところでどうしようもない。折角シンジが俺達の代わりに話してくれているんだ、最後まで聞くだけ聞いてみよう」
「二人共……もう! あなた達にそう言われたら、あたしだってどうしようもないわよ!」
「ほっほっほ。安心してくださいアルマさんシラさん。冒険家の皆様がもう立ち上がれなくとも、微力ながら私だけは戦いますぞ」
「……あたしも、勿論戦うわ」
信乃、シラ、カリン、ハマジの四人が小声でそんな会話をしている間にも、シンジの「情けない」スピーチは続く。
『そもそも、俺達が頑張ったところでどうしようも無かったんだ。俺達は、世界を救ってくれた勇者達の物語に憧れて冒険家になった。でも、「選ばれた」彼らになんて届くはずもなかった。魔器なんて手にしたところで、俺達人間の力じゃ強力な魔物や魔人相手には敵わない。……ああ、気づいているはずだ。俺達なんかには、どうせ世界を救えやしないんだよ』
「「……」」
冒険家の皆は、俯いてしまった。
その通りだと、思ってしまったのだろうか? もう絶望し、何をする気も無くしてしまったのだろうか?
それとも――
『俺達は、弱者だ。ならば20年前と同じく、俺達は勇者達の奮闘を遠くで見守るだけの傍観者に戻ろう。物語にも出てこないような、脇役以下に成り下がろう。「どうせ何も出来ない」と、そう諦めてしまおう。……それでいいんだろう、お前達?』
「――ふざけんな」
それは、誰の声だったのだろう。
シンジの暗い言葉を遮り、そんな言葉がどこからともなく、一際大きく聞こえた。
あるいはそれは、今この戦場で戦う全ての冒険家達の心からの唸り声だったのだろうか。
一斉に顔を上げた冒険家達は、皆怒りの形相でシンジを睨みつけていた。
「……ふざけんな。『勇者に全部任せて諦めろ』だと? それだけは俺達冒険家には言っちゃいけないやつだろうがよシンジ! いくら弱気になっていても、それだけは言われたくねえ……!」
「そうだ、そもそもなぜ俺達は冒険家になったと思っているんだ。勇者達の紡いだ物語を見て、『そう在りたい、そう生きたい』と思ったからだ! それを否定するってこたぁ、俺達に『死ね』と言っているようなもんだろうがよ!」
「ああ畜生、そうだな。俺達は、俺達の死に場所を求めているんだったな。何も出来ず死ぬのかもしれねえ。それなら、せめてその運命に一泡拭かせてやりてえもんだ!」
『……おいおい、まだ怒る元気はあったのか。しかし本当に何も出来ないかもしれないぞ? この世界は俺達を、何も出来ない弱者だと決めつけているのかもしれないんだぞ?』
シンジは、また静かに問いかける。
信乃はそんな彼の横顔の変化を見て、驚く。
彼は、皆にはばれないくらいに小さくほくそ笑んでいたのだ。
「うるせえ! そこまで言われたとあっちゃ、やるしかねえだろうがよ!」
「さっきその鉄人に載った嬢ちゃんに言われた通りだ! 弱くても、それでも俺達は戦うんだよ! 強くなりたいと願ったから、戦うんだ!」
「弱ければ知恵を絞ればいい! 多少姑息な手だって使ってやる! それでも、いつかは『本物』になれればと私達は憧れ続けんだ! ええい、ここで寝てる暇なんて無かった! おいみんな、ここには『勇者』がいるんだよ!」
誰かの声と共に、周囲の冒険家達は今度は一斉に信乃とシラの方を向いた。
「勇者、助けに来てくれたのは感謝する! あんた達の強さにだって惚れ惚れしたし、その力を身に付けるまでにきっと多くの苦労と絶望もあったはずだ! そんな苦労も知らない私達は、やはりあんた達には遠く及ばないのだろう! だが、それでも私達も戦うよ!」
「そうだそうだ! もう20年前のように、一方的なヒーロー気取りはさせてやらねえ! ここにいる、俺達皆があんたのような英雄になってやる!」
「魔王の生まれ変わり……だっけ? そんなのと手を組んで、なんだあんたは……かつて無い物語を始めるつもりなのか!?」
「悪と手を組む、ひでぇ話だが悪くもない『伝説の続き』だと思っちまったよ俺は! 魔王が許せねえやつもいるかもしれんけどな! ……だから、あんた達だって証明してみせろよ! 今度は勇者と魔王と共に世界を救っちまうんだって、そう世界に知らしめてみせろよ!」
「だからこそ、僕達もそれに載っかってやろう! 近くで見届けてやろう! 今度こそ僕達だって当事者になるんだ! だから勇者よ、魔王よ――」
「「「――勝手に、二人だけで新たなる伝説を始めるんじゃねえ!!!!」」」
「――」
信乃も、シラも、何も言えず呆然としてしまった。
守らなければと、無理強いは出来ないと、そんなことばかり考えていた彼らから、そんな言葉が出てくるとは思わなかった。
絶対絶命の状況だというのに。ここで勇者や魔王を帝国に差し出せば、まだ助かる道はあったのかもしれないのに。
それでも彼らは、二人に付いて行くと言い出した。
大きくなりつつあるざわめきを遮ったのは、これまで以上に大きなシンジの声だった。
『――よくぞ言った、お前達!!』