八十六話:受付嬢と武器屋の邂逅
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【08:00】
――時は少し遡り、大量の魔器が戦場へと搬送される前。
スヴァルト王国・サクマ高原。
ヴァーナ連邦が建てた作戦本部のテント群より少し離れた場所にある岩場。
そこは今や、突如魔器の鍛造・鋳造道具を一式こさえて現れた武器屋の職人達による、魔器生産工房と化していた。
「セイッ、セイッ、セイッ!! さあさあじゃんじゃん魔器を造るぞ!! 全て出来たてほやほやだ!!」
「そうだそうだ、鉄人を操縦するガキ共がここへ来る前にじゃんじゃん造ってくれ!! あんた達を呼んで正解だ! これなら、この作戦に参加している冒険家達の人数分の魔器なんてあっという間に造れるはずだぜ!」
「はっはぁー!! 言うじゃねえかギンカの若造よぉ! ったく、昔は俺もお前の腕の面倒見てやった時もあったってのに、もうすっかりこんなおっさんになっちまってよぉ!」
「う、うるせえプラウス兄さん! あんたなんてもうただの爺さんじゃねえか!」
「魔器を造るのはいいけどよぉキンジ商店! 他でもないあんた達の頼みでこの腕だけはただで貸すにしてもだ! こんだけ造れば材料費だけでもとんでもねえぜ!? それはあんたらが払うってのかよぉ!?」
「……おっと、それも負担してもらう気でいたぞ(小声)。あ、安心しろや……それはきっちり冒険家ギルド側が負担してくれるってよ! なっ、クエスト受付嬢の姉ちゃん!?」
「……」
むさ苦しい男達が作業しながら会話をする中、急にギンカと名乗ったむきむきスキンヘッドの中年男性に、呆然と立ち尽くしているリナは話を振られる。
だが、突然のこと過ぎて彼女はまともな受け答えが出来ない。
「なん……で、ここに? それに、この武器屋の皆様は……?」
「ん、ああ。こいつらは、軍事拠点で武器屋やってる連中さ。何の現状も伝わってこない冒険家達を心配していたのはあんた達ギルド協会だけじゃねえ。俺達もな、こうしてみんなで集まって作戦本部に突入しようとしてたんだよ」
「ふむ……そこでたまたま作戦本部のテントから、見目麗しきお嬢さんであるあなた様が何かを奪って逃走しているところをこのわしが目撃したのじゃよ。このわしが」
そうやたらと「このわし」を強調して、キンジと名乗った老人もギンカの横に出て話に加わって来る(何故か前のめりで頬を赤くして鼻息が荒くてちょっと怖い)。この二人は武器屋の親子であるらしい。
そしてなんでも、あのアルマとシラが贔屓にしている武器屋だそうだ。その話が本当ならば、魔器を造る腕は確かなのだろう。
「わしらもまた、信乃様とシラたんが心配で心配で気が気でなくての。その二人の名をお主が出していたのを、わしは聞き逃さなんだ。『こりゃ付いて行けば何か情報を得られる』と感で悟ったわしらは、こうしてお主の後をつけさせてもらったんじゃよ」
「――」
「ちょ……おい馬鹿親父!! 何を軽薄にあんちゃんの本名晒してんだ!? あんちゃんは、『アルマ』って冒険家名で身を潜めていて……!」
顔色を変えてキンジの言葉を止めようとするギンカ。しかし、彼はその息子を手で制した。
「ほっほっほっ。どうやらその心配はせんでええぞいギンカ。よく考えてみい、ギルド協会の受付嬢が特定の冒険家に固執するというのもおかしな話じゃ。少しは踏み込んではみるものじゃなぁ。……このお嬢さん、『信乃様』の名を出した途端、ただの困惑とは程遠い感情を表に出しおったわい。――知っておるな、お主。どこまで……いいや、全てをか」
「……!」
侮っていた。どうやら目の前にいる老人は、ただのエロジジイではなかったらしい。
普段は柔和な雰囲気を思わせる垂れ気味の薄目をはっきりと開いて全てを見透かすようにこちらを見、キンジは周りの武器屋達には聞こえないくらいの声量で再び問いかけるのだった。
「なあ、そうなのじゃろう? お主はわしらと同じように、心優しきお二方にあえてその正体を伏せられていながらも、既に彼らが何なのかを知ってしまっておるのじゃろう? 神杖を携える『勇者』有麻信乃様と、かつて最強最悪と謳われた『魔王』の力を宿す魔人ニーズヘッグ・ブラッドカイゼル様を知る者よ」
「……」
「……」
沈黙。ギンカは気まずそうでありながらも、「まさか本当にこの嬢ちゃんも?」という目でリナを見ている。
それに何も答えられない姿勢により、リナはそれを肯定してしまった。
ただ、行き場のない罪悪感からの言葉が漏れる。
「……そうだとしたら、あなた達は私を許しませんか? あの二人を欺いて接触したことを、あなた達はアルマ様やシラ様に報告するのですか?」
だが、返って来たのは一転して優しい声色のキンジの言葉だった。
「ほっほっほっ!! いやいやまさか! わしゃ若いお嬢さんと秘密を共有出来て嬉しいわい! ……どこで知ったかの経緯までは知らんが、別にあのお二方に危害を加える気はないのじゃろ? 寧ろ助けるために動いておるように見える。そもそもわしらはお互い様であるし、わしらから咎められるようなことなど何もありはせんよ」
「そう……ですか。ありがとうございます」
「ふむ……これはつまり、わしらは運命共同体というやつじゃ! このカワイ子ちゃんと! リナさん、と言ったかの? ふっ、全てを許す代わりに……お主を『リナたん』と呼んでもええかの?」
「えっ、ごめんなさいそれはちょっといやだいぶキモいですおじいさん。絶対にやめろクソジジイあとこれ以上近寄るな加齢臭」
「a@smrfdsjfsぺおrj:gヴぇr:fv!?」
老人の言葉の前半は普通にありがたかったものの、後半のセクハラ発言に思わず寒気が走って勢いのままに拒絶してしまうと、老人は意味不明な言葉を吐き散らして泡を吹いてしまう。
「って、ああっ……ごめんなさい! ついうっかり、思ったことをそのままに……!」
慌てて謝罪をしたが、何故か隣のギンカは親指を立てた。
「……いいぞ、俺はあんたを気に入った。このクソジジイはずっと純粋で優しいシラちゃんに味を占めていたから、そろそろ痛い目に遭ってもらう必要があったんだ。もう一度言おう……よくやった」
「……はあ?」