八十五話:天上の贈り物
□■□
【08:15】
――帝国外周区・第一区画。外壁付近で繰り広げられている一つの戦場。
「ぐあああああっ! しま、俺の魔器も……!!」
「に、逃げましょうシンジさん! 私の魔器ももう壊されてしまいました! この周囲で戦っている冒険家の皆さんの魔器も、既に……!」
絶望的な戦いは、まだ続いていた。
否、そろそろ終わると言ってしまっていいのだろうか。
もうこの場には、誰にも戦える力が残されていないのだから。
もう周囲では半分くらいの冒険家達が魔物達によって殺されるか捕まってどこかに連れていかれている。残された者達も皆ぼろぼろで、その手にはもう魔器を持っていない。全て魔物達に壊されてしまった。
「……しん、じ……はま、じ……さん、みんな……に、げて……」
この状況を見下ろさせられているカリンは、辛うじてそんな声を漏らす。
彼女は今、空中に浮かぶ複数の「司祭」のうちの一体に捕らえられ、その首を握られていた。
「うるさい、うるさい……逃げられるわけないだろうが……! ごめん、ハマジさんだけでもみんなを引き連れて逃げてくれ! 魔器の有無なんて関係ない! 冒険家の仲間が死にかけているってのに、見捨てられるわけがないだろう……!」
「……シンジさん」
そう呻くシンジ。普段は一見爽やかそうに見えてちょっと卑屈でヘタレなところもあるのに、こういう時はちゃんと男らしいんだな、とカリンはこんな状況で呑気にそんなことを思ってしまう。
不覚をとってロキに捕まえられてから、カリンは身体をだいぶ痛めつけられている。見下ろした自分の身体は血まみれで、もうまともに動くことも出来ない。
このまま、目の前にいる化け物に殺されてしまう時を待つばかりだ。
「――く、ククッ! クカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカ!! 愉快愉快愉快!! 大変すばらしい!! あなた達は、哀れなる道化だ! ヴィーザル皇女殿下のような狂おしき道化ではない!! 弱者と言う名の道化なのだ!! だが道化で何が悪かろうか!! ワタクシはそのような歪をこそ愛する! どうあっても死ぬと心の中では分かっていながら! 何故あなた達はそうも足掻くのか! 決まっておろう、『信仰』だ! そもそも生とは信仰だ!! 創造と破壊しか生まぬそのサイクルに、あなた達人間という知性体は『個』などと言う余りにも無意味なものを見出すのだ! そうあなた達は願う、信仰する、希望を抱く! もう在りもしない神秘に、神にすがる!! 素晴らしい素晴らしい素晴らしい……あなた達はもう、生まれた時からアウン様の信徒だったのダアアアアアアアアアアッ!!!!」
本当に、ずっとこんな調子で意味の分からない言葉を垂れ流られ続けては、カリンも参ってしまう。
だがこの狂った哄笑は、飛んできた肩当ての防具にぶつかって遮られた。
「……は?」
「お前……いい加減にカリンを放せ!!」
魔器が無くなって尚も無謀にもそれを投げつけたのは、もちろん怒りの形相のシンジだ。しかし、彼の肩は恐怖で微かに震えている。
当然、そんなことでカリンを放すような化け物でもない。
「……ああ、ああだがそれだけはつまらんよ人間。だからダメなのだよ貴様らは! 知性体でありながら! 魔物を始めとした人ならざる神秘が跋扈するこの世界で、尚も繁栄と多様性を以て生き永らえ続けながら!! どうしてこうも貴様らはつまらなき生物なのか!! その行動はなんだ、個を尊重しながらその個をないがしろにするその矛盾は何か、それが『愛』なのか!? 同族に抱くそれは所詮、獣畜生の本能に過ぎないと何故気付かぬ!? 神を崇めているのならば、それは神の祝福に包まれた時にのみ抱く感情であるはずだ! 貴様らはアウン様に愛され、アウン様だけを愛すればよいのいうのに!! ああああああ足りぬ足りぬ足りぬ! 信仰が、祈りが足りぬ! 崇高なる神託が届かぬ! ならば教えるしかあるまい! ワタクシが、この迷える子羊達を生という苦悩から解放してやらなければならぬ! ――さあ、恐れ多くもたまたま我が手に収まりしあなた様よ! ここから始まる地獄を共に見届け、そして死を以てアウン様に信仰を捧げよ……女ァ!!」
「……ッ!」
カリンを痛めつけ、殺そうとしていたロキの標的が一時的に変わってしまう。
彼の命令によって足並みを揃えて動き出した魔物達は、カリンの眼下で魔器も持たず成すすべなく立ち尽くしている冒険家達を取り囲む。
「「……ひ!」」
「……く、そ……俺達は、ここまでなのか……!」
「……こんな結末で、私は本当にお前達に胸を張ってあの世へ会いに行けるのか……エルザ、エナ……」
冒険家達は恐怖に怯え、シンジは悔しそうに地面を叩き、そしてハマジは悔いるように拳を握って下を向いてしまう。
ここから先は、ただの地獄の光景だ。
カリンもまた耐えきれなくなり、思わず目を瞑ってしまい――
その閉じきる寸前、目の前を落下していくそれが映りこんでいた。
「……え?」
すぐに再び、目を開ける。
一瞬、絶望の中で幻でも見てるのかとすら思った。だが、それは確かに実体を持ち、風を切って冒険家達の元へと落ちていく。
「なん、で……壊されたはずの、それが……ここに?」
それは、カリン達冒険家も良く知る魔器の一つ、「ガンド」だった。
地面に落ちたそれは、乾いた音を響かせる。その音に反応して、周囲にいた冒険家も呆然とした様子でそちらを見ている。
一つだけではない。今のガンドを皮切りに、次々と魔器が空から落ちてくる。
拳銃型魔器、剣銃型魔器、狙撃銃型魔器、機関銃型魔器、大砲型魔器、盾銃型魔器。
「……」
皆はただ落ちてきたそれらを拾い上げ、空を見上げていた。
カリンもまた、上を見る。
『皆さん! 諦めちゃ、だめなのですよ!!』
そこには、背中に大量の魔器を浮遊させるように背負っている、巨大な鉄の天使がいた。