七十六話:無窮爆塵に帰す魔炎の剣
「……は??」
ヨルムは、そんな間抜けな唖然とした声しか上げられなかった。
スルトが右手を掲げその詠唱を唱えた途端、発動するはずもない魔法が顕現したのだ。
それは赤い空を貫く、世界そのものを支える柱を彷彿とすらさせる程に巨大な火炎の塔だ。
二か月前にも見て、正直戦慄したのを覚えている。忘れるはずもない。
血盟四天王の中でも、火力だけの話で言うのならば最強の「黒氷の狂牙」すらも凌ぐ実力を誇ったとされる一体――「轟火の剣鬼」。
その異名たらしめるものこそが、かの魔物だけがもつ究極の「魔剣召喚魔法」。
剣身は魔炎で出来ており、常に天地を震わせる爆音を轟かせながら、見上げることすらも馬鹿らしくなるほどの高さまで超巨大な火柱を上げ続けるという。
そんなものが振り下ろされようものなら、天地全ては灰塵と帰す。
威力階級「ディヴァイン」。
アルクトゥルス級魔法すらも凌駕するかの魔剣の名を――「レーヴァテイン」と言う。
〝シリウス・ライトニングマキシムレーザー
魔法攻撃力:315
威力階級アルクトゥルス:×64
マキシム補正:×1.3
光属性補正:×1.2
ヴァルキュリア補正:×1.2
魔法威力:37739.5〟
〝レーヴァテイン
魔法攻撃力:460
威力階級ディヴァイン:×128
魔法威力:58880〟
ヨルムが放った最強魔法の光線が、立ち上った火柱によって一瞬で掻き消える。
その火柱は、二か月前に見たものよりも更に一回り大きい。それもスルトの魔法攻撃力が上がっているせいで、以前は四万代だった魔法威力数値が、今は五万代後半というとんでもない数値を示しているせいだ。
そして勿論、その魔剣は全くの衰えも見せず今も尚健在している。
自身の最強魔法が、相手の最強魔法にあっさりと負けてしまった。
そんな絶望的な事実を受け止める以前に、しかしヨルムにはどうしても許容できない事実があった。
「は……なぜ!? 有り得ません!! どう考えても不可能です!! な、なぜ……帝国から『無限魔力の加護』を取り上げられ、その魔剣をもう満足には発動出来ない状態にいたはずのあなたが、なぜ……!?」
「――く、はは。ははははははははははははははははっ!! なぁーんてな!! 勝てると希望が見えてから、一気に絶望のどん底へ叩き落される気分はどうだ、この馬鹿が!! 『魔剣』はもう発動出来ない!? ああそうだ、確かにもうアタシは以前ほどそうほいほいとこの魔剣を召喚出来なくなっちまった! だがなぁ――完全に放てなくなっちまったと決めつけるには、そりゃ早計過ぎるだろうがよぉ!! はははははははははははははっ!!」
返って来たのは、さっきまではヨルムの「奥の手」を目の当たりにして全てを諦めていたはずの、だがその演技を一転させて今は心底愉快そうな狂笑を上げるスルトが放った、これまた悪役が言うにふさわしい言葉だった。
「え、ちょ!? ちゃんと説明してください! そもそもあなたの最大貯蔵魔力量を以てしても、この魔剣を放つには魔力が足りなかったはず! その分は空気中から無理矢理取り寄せる必要があるため、この『タメ』の時間がどうしても生じるはずです! その間はあなたは何も出来なくなるはずですし、そんな様子は微塵もありませんでしたよ!?」
ヨルムはこの戦いの間常に注意深くスルトを監視し、そんな隙は与えない立ち回りをしてきた。特にスルトが魔力をマジックポーションで回復した際には、すぐに攻撃して魔法を使わせた。
その使った魔力の分だけ更に魔剣発動の『タメ』の時間が長くなり、発動のハードルが大幅に上がってしまうため、これで実質魔剣を封じられるからだ。
だからこそおかしい。直前のスルトの魔力も満足にあるという状態でもなかった。周囲から魔力を吸収している様子もなかった。
今この魔剣を構築している魔力の出所が、全く分からないのだ。
「そ、それだけの莫大な魔力量を……一体どうやって貯めて、どこに隠し持って……!」
狼狽を隠しきれずそこまで言ったヨルムの方を――偶然、小さな火の粉がかすめた。
「……え?」
はっとして周囲を見渡すと、空中を火の粉が無数に漂っている。
更にそれらは不自然に移動していき、その一か所――スルトの巨大な魔剣へとどんどん吸い込まれていく。
「……!! ま、まさか……この、あなたがずっと展開している空間……『結界魔法』、は……」
とっくにこのあたり一帯の建物は木端微塵に破壊されている。もう物理的に燃え上がるものなど何もないはず。ならばその火の粉は、もっと別の物であることを示唆している。
「ふっ……なんだ、分かってんじゃねえか。そのまさかだ! 『轟火の剣鬼』と聞けばこの『魔剣』そのものに注目されがちだ! だがなぁ、かの魔物の本領はそれだけには留まらなかった! アタシが今現在それより引き継いでいる二つの魔法のうちの、魔剣『レーヴァテイン』とは別の結界魔法『ソーン・フォール』! その効力は、なんと四つもある!」
そう、スルトは相変わらず機嫌の良さそうに切り出してくる。
「一つは、アタシの魔法攻撃力を血盟四天王の魔人にふさわしき数値にまで底上げしてくれる! 二つは、アタシを中心とした一定距離まで結界を展開し、例外はあるがその内部にいる全ての者の水属性魔法を使用出来なくする! 三つめは、アタシの全身に『炎怪人』としての炎を纏わせ、それで殴る蹴るをするだけでも、そんじょそこらの魔法では太刀打ち出来ない魔法威力をお見舞い出来る!」
「……そ、そこまでは私も二か月前の戦闘を見て把握済みです。ですがあなたは、『四つある』と言いました。では、その四つ目は……!」
「ああ、きっとアンタの予想通りだ! 『無限魔力の加護』だなんてものに頼っていた頃には絶対に使うことの無かった、その四つ目――アタシはこの結界の中に、外界から入り込んできた魔力を少しずつ『火の粉』に変え、いつでもアタシが使える状態にするというもの!! そう、この空間そのものがアタシの魔力貯蔵庫となり、時間の経過と共にどんどんその量が増えていくんだ! まあここまで言えば分かるだろう! つまりアンタがずっと勝機を見計らいながら稼いできた時間ってのは、このアタシにとっても大変望ましいものだったってことだ!!」
「……あ、ああ……!!」
もう、そこまで聞いてはヨルムにもこの異常事態をどうしようもなく理解できてしまう。
スルト本体が体内に貯めていくのとは全く別の、魔力貯蔵手段。信乃の持つ神杖とも特徴が似ている。
あの神器も独自に魔力を貯蔵しておけるため、信乃自身の魔力貯蔵量が低くとも、容易く「ディヴァイン級」の魔法を放つことが出来るのだ。
この仕組みを、かの『轟火の剣鬼』も結界魔法という形で取り入れていた。
今も尚、この燃える世界で舞う魔力を孕んだ火の粉が、どんどん目の前にある巨炎柱へと取り込まれていく。
時間の経過と共に、この空間に貯められた魔力量は莫大なものとなってしまった。それも、あの魔剣を一瞬で形成して、そして維持し続けて余りあるレベルにまで。
――これが、ヨルム最大の盲点。現れるはずの無かった魔剣形成のからくりだ。