七十一話:反理近接戦
落ちて転がった先は、白い床だ。
そこは、暗黒世界「ハイドラ」に浮かぶヨルムの魔器・巨大戦艦「ブリュンヒルデ」の中に幾つかある部屋のうちの、先程も入ったポーション類が格納された一室だった。
「……!」
ヨルムのスカートが燃えている。今は少し離れたところで同じように転がっている、スルトの炎拳に捕まれていたせいだ。
「魔導腕二腕、ルーム021へ招集! 魔法属性情報は遠隔通信にて受信したまま本艦より分離! 私の独立魔器となりなさい!!」
無人操縦室へとそう伝令を送った直後、近くの床がスライドして二つの穴が開き、そこからビームサーベルを装備していた魔導腕がそれぞれ飛び出す。
そしてロボットアーム部がある程度の長さを残したまま穴より分離。完全独立したその二つはヨルムのそれぞれの腕に絡まり、持っていたビームサーベルも彼女に持たせる。
これがヨルムの奥の手の一つである近接戦闘形態「ヨルムちゃん直々殺戮メイド☆モード」だ。
すぐに刃を振るい、スカートの燃えている部分を切り落とす。当然裾も短くなって太ももは丸見えとなり、メイドにあるまじきだいぶ際どい姿となってしまったが気にしている余裕もない。
すぐにスルトの方を見据えて――
「……いってて。リンドヴルムを向こうに置いてきちまった……って、おお! ポーションいっぱいあんじゃねえか! 丁度少なくなってたんだよ、貰ったーー!!」
「ぎゃーー!? 何勝手に私の世界に入り込んで何勝手に私の私物取ってるんですか!? 出てけーー!!」
ヨルムはキレ気味に、うきうきとその辺に転がったポーションを泥棒するスルトに向けて両腕の刃を構えて飛びかかった。
そしてスルトもすぐに身構え、応戦。
「『カタストロフ・ライトニングスピナー』!!」
「魔流絶技・破式五ノ型:麟獄風車!!」
両の刃を広げて回転させて襲い掛かるヨルムに対し、スルトは徐に逆立ちし足を広げる。そのまま手を軸にして回転して炎を纏う両足を振り回し、刃にぶつかる。
〝カタストロフ・ライトニングスピナー
魔法攻撃力:315
威力階級カタストロフ:×32
光属性補正:×1.2
ヴァルキュリア補正:×1.2
魔法威力:14515.2〟
〝光変換:ソーン・フォールの炎
魔法攻撃力:610
威力階級ハイエクスプロージョン:×16
光属性補正:×1.2
魔法威力:11712
魔流絶技・破式五ノ型:麟獄風車
推定魔法威力変換数値:+3000
合計推定魔法威力:14712〟
「「……ッ!!」」
再び、回転攻撃同士のぶつかり合い。
だがこうしてただ回転をぶつけあっていてもらちが明かないことはお互いに理解していた。
しばらくしてからすぐに離れ、両者は刃と拳を構え直し、再び肉薄。
「『カタストロフ・ライトニングマルクスラッシュ』!!」
「魔流絶技・破式六ノ型:連覇流星!!」
〝カタストロフ・ライトニングマルクスラッシュ
魔法攻撃力:315
威力階級カタストロフ:×32
光属性補正:×1.2
ヴァルキュリア補正:×1.2
魔法威力:14515.2〟
〝光変換:ソーン・フォールの炎
魔法攻撃力:610
威力階級ハイエクスプロージョン:×16
光属性補正:×1.2
魔法威力:11712
魔流絶技・破式六ノ型:連覇流星
推定魔法威力変換数値:+3000
合計推定魔法威力:14712〟
「「はあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!」」
連続で繰り出す光の刃。それを受け止める、連続で繰り出される炎の拳。
カタストロフ級相当の威力を帯びた両者の斬撃と打撃は、絶え間なくぶつかり相殺される。
当然凄まじい頻度で巻き起こる魔力衝突の余波に、至近距離にいる二人も晒され、身体がばらばらになりそうな激痛を伴う。
それでも、相殺されると分かり切っていても、両者の攻撃は止まない。
相殺されてしまうのならば、相手の攻撃を掻い潜りこちらの攻撃を当てればよい。
これはもはや魔法勝負ではない。お互いの身体能力と洞察力を極限まで発揮した、ただの近接勝負だ。
「……ぐっ!?」
やがてその時は訪れる。
先にバランスを崩してしまったのは、スルトの方だった。
彼女の拳が、盛大にヨルムの脇を空振ってしまったのだ。
ヨルムはほくそ笑み、すかさずその間抜けな無防備態勢に向けて刃を向けようとして――
「……ッ!?」
驚愕と焦り。
ヨルムは慌てて、空振ったはずのスルトの拳の方に魔法を当てて、その動きを止めさせていた。
そのスルトの炎拳は、この部屋の床を殴ろうとしていたのだから。
「……なに、やってんですか!? 死にたいんですか!?」
ヨルムのその怒りは、多分スルトにとっては相当理不尽なものでしかなかっただろう。
この魔法防御処理を施された「ブリュンヒルデ」の壁は、並大抵の魔法では壊れない。ヨルムとスルトの魔法衝突による衝撃波すら耐えきってくれた。
だが、魔法威力が10000をオーバーしてくるスルトの炎拳の直撃だけは、さすがにまずい。
そんなものを受ければ、この戦艦に穴が開いてしまうという恐ろしい事態となる。
「……? ……は、ははっ!! ああ、そうか!! なるほど、なるほどなぁ!! そう言うことだったのか!! ようやく納得がいったぜ!!」
スルトがきょとんとしたのも一瞬。すぐにまた苛烈な笑みを作り、あろうことかまた部屋の床目掛けて炎拳を振り下ろそうとする。
だが、いつまでも好き勝手させるようなヨルムでもない。
「もう……いい加減に向こうに帰ってください!!」
拳が落とされる絶妙なタイミングで、その先に現世に続く穴を開ける。
「うお……っ!?」
勢いの乗っていたスルトは止まることも出来ず、再び穴をくぐってしまった。