二十四話:最期に見た夢
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拘束の解けた道化が、信乃とロアの元へ辿り着く。
だが、今度はロアが道化に対してブレード・ガンドを向け、不敵に笑う番であった。
「あら、随分と遅かったじゃない。もうワープは発動中、ここにいる彼は半分幻みたいなものよ。いくら攻撃を加えようと、もう彼の逃亡は止められないわ。あなたの負け……とまではいかないけど、痛み分けってところかしらね」
半分は嘘だった。確かに今の信乃に攻撃は届かない。しかし、ゲートノア自体を破壊されれば魔法そのものがキャンセルされてしまう。それを悟られないよう、ロアは一切の焦りも動揺も、心の奥底に押しとどめた。
しかし、それで素直に引いてくれる相手でもない。
「んん〜。そりゃ残念だネ。じゃあまあ悪あがきと言ってはなんだけど……信乃クンには最後に、キミの無惨な死に様でも目に焼き付けてもらおうかなァ?」
道化が槍を構えた瞬間。ロアの時間が走馬灯のようにゆっくりと流れる。
一瞬だ。一瞬であの道化はロアを破壊する。
その短時間では、まだ信乃はワープを終えていないだろう。彼女がゲートノアを破壊する考えに至ってしまう時間も充分に残ってしまう。
だから、この一瞬の攻防に全てをかける。
「風除けの加護」が道化の滅茶苦茶な風魔法にも有効なことは分かった。しかしあの魔法はあくまでも「風を逸らす」というだけのものであり、防いで無力化するものではない。ここで下手に使えば、変に逸れた風魔法がゲートノアに危害を加えてしまう可能性もある。
そもそも逸らせるのは風だけなので、近接魔法を撃たれれば風を剥がせてもむき出しになった槍に突き刺されるだけだ。
だからこそ、ここは正直に攻撃魔法を放つしかない。
まだ残っている信乃からの強化、魔力、そして自身の命の全てを、次の一撃に込めて――
「ロア・リディア。神杖の勇者・有麻信乃の仲間というこの最高の肩書に懸けて――ここから先へは一歩も通さない」
刹那の膠着の後、両者は、同時にお互いへ肉薄した。
「『トルネード・ウインド――』」
「『ライジング・ボルトスラッシュ』!!」
――それはただ一度、道化の速度を超越するに至った。
道化が魔法を放つよりも早く、ロアの魔法が発動。激しい音と光を伴った雷撃が道化の槍に当たり、上に逸らす。
「『――ジャベリン』!?」
上に放たれた道化の魔法は天井を軽々と吹き飛ばし、この地下に空へ続く大穴を空けた。
だが、ロアもゲートノアも、もちろん信乃も無事だ。
「ああああああああああぁぁぁ!!!!」
それだけでは終わらない。ロアは身体を捻り、もう一回転。がら空きになった道化の胴へ、まだ残っている雷撃をぶち込む。
「これは……お見事」
それを喰らった彼女は、穴の外まで吹き飛ばされてしまった。
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「ロア、ロアああああああ!!」
時間は、充分に稼げた。
その叫び声も姿も徐々に消えていく信乃に対し、ロアは振り返り、最後まで笑って手を振って見送った。
(ああ、良かった。私、ちゃんとあなたを守れたのね。……さようなら。どうかこれからのあなたの冒険に、大いなる祝福がありますように……)
彼の姿が完全に消えると同時に、彼女にかかっていた強化が解ける。
有麻信乃、継世杖リーブ、ロアの二丁のガンドのワープが完了。
後悔はない。ロアは最後に、本当に大切なものを残すことが出来た。
刹那に、夢を見る。ロア、キノ、カイン、そして信乃が笑いあい、ふざけあい、助け合いながら冒険をする。そんな光景を。
この未来はもうない。それでも彼女はこの光景を見て、報われた。
直後、一瞬で飛んで戻ってきた道化に、彼女の心臓は貫かれる。
「痛み分け……ね。いいよ、譲ってあげる。――キミの勝ちだ、ロア」
そんな声を聞きながら、彼女は最後まで微笑んだまま、ゆっくりと目を閉じた。
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「あーあ、逃がしちゃったかぁ信乃クン。探すのも結構骨だゾー?」
ぽっかりと空いた地下空洞の中で、残念そうにヴィーザルは独り言を漏らす。
ゲートノアの石碑を調べたものの、行先の履歴は抹消されていた。ロアという女はどこまでも周到であった。
これで、もうアース帝国は彼の行方を完全に見失ってしまったこととなる。
横目で、胸に空いた穴以外に外傷のない、安らかに眠るように死んでいるロアと名乗った少女を見る。
「ボクとしたことが、随分とキレイな作品を作ってしまったものだ。残虐な殺戮こそ、狂気のピエロの本懐だってのに。……なんてネ」
近づこうとした瞬間に、その間に牛頭の魔人が一体降り立ちこちらに跪いた。
「ヴィーザル皇女様、こちらにおられましたか。村の掃討お疲れ様です。今我々が死体を運び出しております。こちらの死体も……」
「『ウインドスラッシュ』」
彼の言葉を遮り、その頭を吹き飛ばす。身体だけになったそれは跪いたまま、動くことはなかった。
「……うーん? 急に出てこないでよ、びっくりして殺しちゃったジャン」
軽く一飛び、穴の外へ出る。
外では、数十体の魔人達がひしめいていた。
瓦礫をどけながら死体や肉片を運び出しているようだ。
「……これは、あんまりいい気分ではないなァ」
並みの村人どころか熟練の冒険家や兵士すらも卒倒しそうな光景であったが、ヴィーザルはそれをあきれたように見るだけであった。どころか、魔人達の方が現れた彼女に驚愕し、全員が慌てて敬礼を取る。
「えー、何キミ達? ボクの断りもなく湧いて出て勝手にお掃除って。一体誰の命令なのカナ? 答えによっては……」
「……私だ、ヴィーザル第三皇女。むやみに自兵を殺すな」
少し声を低くしたヴィーザルに対し、ただ一体だけ眠そうな女性の声を発しながら前に出たものがいた。




