六十六話:空飛ぶ炎要塞
「……は。なん、ですか……また魔法攻撃力が、上がって……?」
ヨルムは正直、驚きすぎてもはや感覚が麻痺してきているのかもしれない。
今見てしまった数値こそ見間違いを疑った方がいい。
魔法攻撃力が、いよいよ600オーバーにまで跳ね上がっていいはずもないのだから。
だが、スルトは凶悪な笑みで自身の炎の拳を見つめ、それを肯定する。
「この戦いの直前に使っておいてもらって良かったぜ。魔法攻撃力強化付きの属性転換魔法、ね。対象は直後に放った『一つの魔法』って話だが……やっぱこりゃとんだガバ設定だぞ信乃。アタシの炎の拳、ずっと光を纏ってやがる。『ソーン・フォール』みたいな長時間発動し続けるような魔法の威力は、ずっと上げてくれるのかよ」
「何を、言って……」
「はっ、おいおいなにをビビってんだヨルムンガンド。安心しな、流石にもう強化内容は打ち止めだ。アンタが気を付けるべきはとりあえず二つ。一つはその気持ちわりい穴から出しているアンタのガラクタの魔法がいかに強くとも、このアタシの『強化された火力』には阻まれちまう。もう一つは、このいつどこから繰り出されるかも分からない自由自在の炎拳……いや、『光炎拳』は、そんじょそこらの『カタストロフ級』にすらも匹敵しちまう魔法威力を常に有している……ってことだよ!!」
「……!!」
また、スルトは拳を振るう。ヨルムは何とか後ろに避け、そのまま後ろに開けていた穴に入る。
少し時間を置いて再び出てきた現世の座標は、充分にスルトから距離を取った位置だ。
「……殺す。もう許しません。絶対に殺してあげますよ、スルトさん!!」
自身の声には、物事が想像していた通りに全く進んでくれていないことへの怒りと、目の前にいる得体の知れない力を見せている存在への微かな恐怖が含まれていた。
複数の砲門も再び自身の周囲に呼び出し、一斉に魔法を放たせる。
「魔導大砲20門、魔力充填、一斉照準、一斉照射!! 狡猾に、そして容赦なき蹂躙を!! 『カタストロフ・ライトニングマルクスネーカー』!!」
〝カタストロフ・ライトニングマルクスネーカー
魔法攻撃力:315
威力階級カタストロフ:×32
光属性補正:×1.2
ヴァルキュリア補正:×1.2
魔法威力:14515.2〟
もう、決して油断はしない。
使用する威力階級は再びカタストロフ級。だが先程の「レーザー」とは違い、真っ直ぐ瞬時に対象まで届くのではなく、一つ一つが予測不可能な軌道を描いて四方八方から確実に迫る。
追尾性能が優秀で命中率が高い分、「レーザー」系よりも更に魔力を喰う。だがこうでもしなければあの女を仕留めることは出来ない。
そして数多の光線に囲まれたスルトもまた、応戦。
「はっ、いいねえ! やれば出来んじゃねえかヨルムンガンド!! 予測不可能の軌道を描く数多の殺意……さっきの『マルクバースト』でも捌ききれぬか! ならば吹き飛ばすのみだ、リンドヴルム!! 『カタストロフ・フレイムストーム』!!」
「ギギ……ジェヤアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
魔器竜は飛びながら羽を大きく広げ、その周囲に彼女らをすっぽりとおおってしまう巨大な炎の竜巻を発生。
〝カタストロフ・フレイムストーム
魔法攻撃力:460
威力階級カタストロフ:×32
魔法威力:14720〟
向こうにも魔法威力の変化は無いが、隙間なく彼女らを覆った炎の壁は迫り来る光線の悉くを阻んでしまう。
「くっ……まさか、そっちにもまだ別の魔法形態の用意があったとは……」
「ストーム」は全体攻撃魔法ながら範囲こそ術者の周囲とお世辞にも広いものとは言えないが、その代わりに相手の魔法を確実にその竜巻の壁で阻む。
これでは幾ら命中率の高い「スネーカー」と言えども、そもそも必ず阻まれてしまうので意味を成さない。
(……いいえ、これでいいのです。このまま魔法を撃ち続けましょう。そうすれば、必ず……)
だが勿論、ヨルムの手はこれだけには留まらない。
ここからは、次の「罠」がスルトには待っているのだ。
ほくそ笑みかけたヨルムだったが、すぐにその顔も凍りついた。
ヨルムの「マルクスネーカー」を防ぎ続けている炎の竜巻が、こちらに向けて高速で前進を始めたからだ。
「は……!? 防ぐだけじゃなくて、その竜巻を纏ったまま突進!? 普通魔法使ってる間は動きが遅くなるはずなんですが……何ですかその魔器、うちの『ヴァルキュリア』達よりもスペック高くありません!?」
「はっ、今更何を! 二ヶ月前アンタはあの戦いで何を見ていた!? このリンドヴルムは、終始優秀な竜だっただろうがよ!」
「あなたの『レーヴァテイン』に魔力を吸われて完全機能停止していたり、シラさんの反撃を避けきれずまんまと喰らってたりとそこそこ間抜けな姿もありましたけどねぇ!?」
「うるせえ!! この動く炎要塞に呑まれろや!!」
「きゃあああああっ!?」
間抜けに言い争っている場合でもない。ヨルムも自分の羽で必死に飛んで逃げるものの、リンドヴルムはしっかりとその後を付いてくる。しかも向こうの方が速いのか、どんどんその距離を詰められている。
「……? まあ、いいか。そのまま逃げるなら頑張って逃げな! この鬼ごっこ、勝つのはアタシ達だぜ!?」
その行動に対して一瞬何かを疑問に思っているような間があったものの、スルトはすぐに威勢のいい声を逃げるヨルムの背中に浴びせてくる。
「……」
確かにこのままでは追いつかれ、その竜巻に呑み込まれてしまう。
だが、その前に――
「……ちっ!」
今度は、スルトから苛立ちの声が漏れる。
そして彼女達を覆っていた炎の竜巻を、突如消してしまった。




