六十四話:とんでもないサポーター
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【07:20】
――これは、信乃達が第一区画へ突入する直前の、飛翔するリンドヴルムの背中での会話である。
「そういや信乃、アンタ強化魔法を使っているみたいじゃねえか。それってひょっとしてよ……自身以外に掛けられたりするのか?」
そう発したスルトの言葉が、彼女の魔改造のきっかけとなった。
「ん、ああそうだが。シラにもいつもかけている」
「この強化は、凄いのです」
「へー。じゃあそれってよ……アタシにも掛けられたりすんのか?」
「勿論だが……ああ、そうか。確かにお前にも掛けておいた方がいいわな。つい俺とシラ二人分が当たり前になっていた。待ってろよ」
その「強化魔法」には掛け続けておける人数に限りはあるものの、もう一人増えるくらいならまだ大丈夫だろう。
信乃はそこまで特に何も考えずに神杖を構え、そこでようやくふと考え――固まる。
「ん、どうした信乃? やっぱ無理か?」
「……いや、そうじゃない。そうじゃないんだが……なあスルト。お前には、魔法を撃つ時にシラみたいなデメリットはあるのか? 自傷を起こすとか、そういうのだ」
「はあ? そんなのあるわけねえだろ。二ヶ月前のアタシの戦いぶり、アンタ達も見ていただろうが」
「……あ、ああ。確かにそう、だったよな。じゃあスルト、特にこういう部分を強化して欲しいとかはあるのか? 俺の強化は、基本的に魔法攻撃力強化に振れるだけ振るんだが、その分を少し肉体強度や素早さに更に重点的に回す、なんてことも出来るんだ。当然その分、魔法攻撃力強化は少なくなってしまうが……」
「んー、いらんな。アタシは今でも充分はええし頑丈だ。だが火力だけはいくらあっても困らねえ。その魔法攻撃力強化全振り、ってやつで頼むわ」
「……」
「……」
信乃だけではない、シラも今の会話に戦慄を覚えたのか、一緒に後ろで固まっている。
信乃が「ユグノ・ブースト」で強化出来る魔法攻撃力の最大値は+100。
だがシラは己の魔法の「反動」に耐えてもらうために肉体強度を重点的に強化しており、その分魔法攻撃力強化は+20と低い。
しかしそもそも素の魔法威力が高いため、その強化後数値は300となる。魔法攻撃力フル強化している信乃よりも遥かに高い。
そしてここでスルトの素の魔法攻撃力を思い出す。
シラのように元となった魔物の力を上手く引き継げていない、なんてことはない。血盟四天王としての力を遺憾なく引き継いだ彼女の魔法攻撃力は、脅威の360。強化無しでも既に強化済みのシラよりも高いのだ。
――では更にここへ、信乃の魔法攻撃力強化をフルに加えてはどうなるのか?
「……神杖よ! 勇者の名の元に神秘をここに具現し、我らに万夫不当の力を与えよ――『ユグノ・ブースト』!」
やはり動揺を隠せないままに、信乃はロア達を除けば、初めてシラ以外の人物に強化魔法を施す。
勿論、魔法攻撃力強化は最大に。
そうして黄光に包まれたスルトは、露骨に機嫌が良くなった。
「おほっ、すげえ! なんかめっちゃ力が溢れてくる気がするぜ! おしリンドヴルム、撃て! 『メテオ・フレイムバースト』!!」
「バアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」
リンドヴルムは飛翔しながら、眼下にある建物へと魔法を放ち、それを爆風と共に粉砕した。
〝メテオ・フレイムブレス
魔法攻撃力:460
威力階級エクスプロージョン:×8
魔法威力:3680〟
スルトにも見えているであろう魔法威力が、ラタトスクアイによって表示される。
それはもう、腕試しの為に適当に放った魔法が出していい威力ではない。
「おお、魔法攻撃力460!? やっべえ!! そうそう、帝国の『無限魔力』だなんて強いがみみっちくて何の面白みもねえ力にはうんざりしてたんだよ! これ、こういうのがアタシは欲しかった! やっぱ火力こそがロマンってもんだろがよ!! ひゃっほーい! もう一生ついていくぜ信乃、シラ!!」
「……よ、良かったな、スルト……」
「し……シノブ……見捨てないで。私を、魔法攻撃力が低いからって見捨てないで……」
「……見捨てるかよ。その理由なら、真っ先に俺の首が飛ぶわ……」
見た目の年甲斐もなくはしゃぐスルトとは裏腹に、シラは捨てられた子猫のようなうるんだ瞳で信乃を見つめる。純粋な魔法攻撃力でここまでの差を付けられたことがよっぽどショックだったようだが、信乃には程遠い次元の背比べだ。
そもそも常に属性相性有利を取れるシラだって、五属性相手ならば実質魔法攻撃力は二倍の600になる。その力があったからこそ、あの馬鹿みたいに強かったフェンリルにも太刀打ちが出来た。
しかし、スルトだって「ソーン・フォール」の効果で自前の炎魔法が苦手であるはずの水魔法を封じることが出来、実質苦手属性が存在しない。そんな状態で魔法攻撃力が400を超えてきた。五属性どころかもう下手な光闇属性魔法すらも圧倒出来るだろう。
要するに、超大型魔人を倒したという既に人間離れした強さを持つ信乃よりも、この二人が比べ物にならないくらい強い。
普通こういうのはパーティで勇者が一番強いはずなのでは?と若干頭を抱えたくなっていた信乃だったが、ずっとはしゃいでいたスルトからまた声をかけられた。
「あ、そうそう。これだけじゃねえ。アタシにまだ強化の余地があるんだった」
「は!? う、嘘だろ!?」
「なんで引きつった表情なんだよ。味方の強化だ、素直に喜べ。……なあ信乃、アタシも少しだけアンタとルナティック・グリフォン(※ザンボス)の戦いはチラ見していたんだ。アンタどうやら面白い魔法を使えるようになったみてえじゃないか。属性を光に転換させ、更に魔法攻撃力も一時的に上げる、だったか」
「……あ、ああそれか。確かにその通りなんだが……あの『ディヴァイン・ジャンヌダルク』は『ユグノ・ブースト』とは違って変換強化してくれる対象魔法は、その直後に撃たれた魔法のみだ。永続的な強化ではないし、俺も流石にお前達が魔法を撃つたびにその支援をするってのはきつくなる。とんでもなく強い力だが、過信はしないでくれ」
「……へえ、『直後に撃たれた魔法のみ』、ねえ。いいぜ信乃、それ撃ってくれよ。ただし……アタシが『ソーン・フォール』を使う前だけでいい。そのタイミングはアタシが事前に言うから、それ以外は無用だぜ」
「は……?」
その時にはいまいち意味の分からなかった言葉に、信乃は呆然と聞き返す。
だがスルトは、彼女自身も笑いながら頬に冷や汗を伝わせ、こう言うのだった。
「信乃。ずっと前線で戦って感覚が麻痺してんのかも知んねえけれどよ。……本当にとんでもねえサポーターだぜ、アンタ」




