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五十九話:第一区画へ

 □■□



 ――そうした会話の数分後、今に至る。


「シノブ、その……準備、出来たよ?」

「……!」


 そうシラから言葉をかけられ、後ろを向いていた信乃は恐る恐る振り向き、そしてまた言葉を失う。


 彼女は纏っていた装備をはだけさせ、肩と首のみを完全に露出させていた。


 そこだけではない、胸元だって大きく露出してしまっていて、しっかりと谷間まで見えてしまっている。 

 だがその場所だけは彼女の手が必死に隠しており、そうしている彼女の顔は赤く、恥じらいの表情のままこちらを見ることもなく俯いてしまっていた。


「……」


 信乃はなんなら、シラと出会った当初にその裸まで見てしまっている。

 その時と比べると、露出している箇所など肩と胸元くらいしかない。


 だがあの時とは決定的に違うそれ――彼女自身がそれを恥ずかしいと認識し、必死に隠そうとしている事実が、より一層信乃の動揺も誘ってしまう。


「そういう行為」をするのではないと頭では分かっていても。

 それでもやはり二人は羞恥せざる負えないのだった。


「……その、シノブも……脱いで?」

「え!? ……あ、ああそうだな」


 信乃も必要以上に慌てた動作で纏っていたマントやコートを脱ぎ、一番下に纏っていた黒いシャツも脱いで上半身を露出。

 この世界に来てから、嫌でも身体は鍛えられてしまった。引きこもり時代の、女のようにやせ細っていた肉体はもう見る影もなく、細身ながらもしっかりと筋肉がついた身体を晒してしまう。


「ふぇ……わぁ……っ」


 その身体を、シラは赤い顔のままずっと見ていた。


 二人共準備は完了。 

 だがお互いは向き合ったまま、まだしばらく赤い顔で硬直したままだった。


「……」

「……」

「……う。時間もない、やるぞ!」

「……!」


 まず動き出せたのは、なんとか男としてのプライドを見せた信乃だ。

 さっきの説明だと、腕や手から血を貰っても意味は無いらしい。だから狙うは、彼女の首元。

 

 そこへ噛みつく狙いを定めるために、一気に彼女のむき出しの両肩をがしっと掴む。


「あ……っ」


 だがそんなシラの弱々しい喘ぎ声を聞いて、信乃の動きはすぐに止まってしまった。


「……! へ、へへ変な声を出すな……!」

「ひぅ……ごめん、なさい。びっくり、しちゃって……」


 やはり赤い顔で俯く彼女を見て、さっきからずっとうるさい自身の心臓の鼓動が更にうるさくなっているのを感じる。

 そんな煩悩をかき消すために、頭の中で必死に自分へ呼びかけようとして――

 

(落ち着け……落ち着けよ信乃。別に、その……性的なことをするわけじゃないんだ。あくまでもこれはユミル・リプロスを倒すために必要な「儀式」。ただその為だけに、目の前にあるシラの首元から血を飲んで……こいつの肌、滅茶苦茶綺麗で白っ!?)


 ――ダメそうだった。


 やはり動けなくなってしまった信乃を見かねたのか、次に決意を見せたのはシラだった。


「……うん。これは言い出した方からするもの、だよね。ごめんシノブ、痛くする。でも痛みがあれば、少しは躊躇いも無くなると思う。……だから、私から行くね……!」

「……!」


 ぎゅっと、彼女は目を閉じる。その前に狙いは定めていたのか、次の瞬間に口を開けて顔を倒した先は、ちゃんと信乃の左首元だった。


 激痛。

 彼女の歯は、しっかりと信乃の皮膚に食い込み、その下に有る血を滲み出させている。


 だが、受けた感触は決して痛みだけではない。

 抱き着かれる形で急に寄りかかられ、彼女の感触と熱が信乃の全身に伝わる。

 

 彼の両肩に添えられた彼女の両手。

 彼女の口や鼻から彼の左首元へ発せられる、かなり荒くなった息遣い。

 彼の胸に押し当てられた、彼女のふくよかな胸の感触。


「……ん……ふぅ……」


 歯を突き立てて血を出した後は、それをこぼさないようにとシラは懸命にそれを舐めとっている。

 そんな仕草も、更に信乃の劣情を駆り立てる。


(……ぐ、くそ。固まっている場合じゃない。こいつにここまでやらせてんだ、俺だって覚悟を決めろ!)


 これ以上の躊躇いは、男が廃るというものだ。


 信乃も意を決し、彼女の左首元へと噛みつく。


「んふ……んん……っ!」


 シラの艶めかしい喘ぎ声が、すぐ横で聞こえてくる。

 やはり動揺しつつ、それでも信乃は何とか歯をその白い肌に食い込ませて血を出す。

 

 それを飲んだ途端、全身に電流が走った。



 □■□



『なあ……□□□□よ。魔王とは、一体何なのだろうな?』




 ――どのくらいの間なのかも不明なその夢の中で。


 信乃は、変なものを見た。


 目の前には、信乃がいつも持っている、よく知る神杖の神器――『継世杖リーブ』がある。

 それが何やら急に、黒く染まり始めたのだ。

 

 やがて現れたのは、おぞましく禍々しい杖だ。

 

 影よりも黒い柄に幾つも走る、血のように赤い文様。

 この世の物とは思えない程に美しい華の様相をしていた先端部も見る影は無く、その花びらだったものの一つ一つは真っ黒な手のひらになり、それらの中央には大きな骸骨の頭が封じられている。


 その骸骨の顔が、にたりと笑ってこちらを見る。


 すぐにその杖は信乃の身体に近づき、彼と一つに溶け合い。


 ――信乃は、絶叫を上げた。




『我は、あらゆるものを欺こう。あらゆるものを終わらせよう。……それが、この世界から解放される唯一の方法だ』



 □■□



 一瞬だけ飛んでいたらしい意識を取り戻すと、まず視界に映っていたのは、少し遠くに置かれたいつもの信乃の神器『継世杖リーブ』だ。


「……あにょ……そにょ……シノ、ブ……」


 次に声の聞こえた下を向くと、目の前にはトマトのように赤くなってあわあわと口を動かすシラの顔があった。


「……え」


 状況を確認。信乃は、先程のショックで前のめりに倒れてしまったらしい。

 

 半裸のシラを、押し倒して。


 彼女の綺麗な顔も、装備のはだけた肩も、胸元も。

 全部信乃の目の前にある。


「あ……! ご、ごめ……っ」


 そんな素の反応で、咄嗟に力が入らない身体でも何とか彼女からどこうとした矢先。


「……おい、もう終わったかアンタら! あんまり時間喰ってる暇もなさそうだぜ!? ちょっとリンドヴルム飛ばして第一区画の様子を見たけどよ、ロキ司祭が魔物の大軍まで引き連れ……て……」


 スルトが慌てた様子で建物の中に入り、そのまま固まってしまう。 

 その視線の先にあるものは当然、信乃がシラを押し倒している光景だ。


「……ごほん! ああいや、やっぱ何でもねえわ。あとはその……ごゆっくり。アンタらがイチャイチャしている間に、アタシが第一区画の敵全部潰してくるぜ……!!」

「おい待て! だからそんな変な気遣いをするな! 行くなスルトー!!」


 まだ上手く足腰が動かなかった信乃は、依然シラを押し倒した姿勢のまま左腕だけを伸ばしてスルトを止めようとするのだった。



 □■□



「……その。あれで成功したのか、シラ?」

「……ん。何となく使えるようになった気はする。でも、多分『放てる』のは一度きり。慎重に、確実に当てないと」

「どちらにせよ、ユミル・リプロスの近くにまで行く必要はあるようだな。そして安全に『放つ』のなら、ある程度向こうの敵も掃討しておかなくては、か」


 信乃の問いに、未だ少し顔の赤いシラがそう答える。信乃も何となく、彼女から視線を逸らしてしまっていた。


「血の盟約」とやらの儀式も終了。


 信乃、シラ、スルトの三人は建物から出て、近くの地面に止まっていたリンドヴルムを見つめていた。


「……おし。このままリンドヴルムに乗って、今いる第二区画から第一区画まで一気に飛ぶぞ。分かっているとは思うが――この戦争の、最終決戦ってやつがここから始まる。信乃、シラ、準備はいいな?」

「「……」」


 そう神妙な顔つきで問いかけてきたスルトに、二人は頷いて返す。


 始まったのは昨日。だが、ここまで随分と長く感じた。

 それも、ようやく終わる。


 三人はリンドヴルムに乗ると同時に、その魔器竜は雄叫びを上げながら飛び上がり、真っ直ぐに移動を開始。

  

 その方角を見据え、信乃は叫ぶのだった。


「行こう――『帝国ビフレスト第一区画』へ!!」

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