四十九話:目覚め
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【6:45】
「……うん。ありがとう、シノブ。いつもこうやって、私を守ってくれて」
そんな声が、突如背後から聞こえてきた。
「――」
信乃はそれ聞いて目を見開き、そのまま俯いてしまう。
「あなたはいつも、私を守ってくれた。あなたに守られて来ない日なんて無かった。あなたが、私を救ってくれた。……あなたと共にいるから、私はこうして生きて来られたんだよ」
命は、蠢動する。
今までぴくりとも動かなかったそれはもぞもぞと確かに活動を始め、彼の背中から降り立つ。
「……何を、言う。それは、俺のセリフだ。俺は、お前と共にいたからこそここまで来られた。お前がいてくれたから、俺は戦えたんだ。……お前が、いつも俺を助けてくれたんだ」
信乃は再び顔を上げ、そして振り向く。
そこには、赤交じりの銀髪をした少女が立っていた。
もう、今までずっと信乃の背中で眠り続けていた彼女では無い。その吸い込まれそうなほど綺麗な赤い双眸は確かに開き、信乃を見ている。
勇者と魔王は、ここに再び相見える。
今この場では、それ以上言葉を重ねることすらも不要だ。
ただお互いが、熱き視線を交わしてお互いの名を叫ぶのだった。
「お前の運命を消すぞ――シラ!!」
「私の運命を消して――シノブ!!」
そして、すぐに迫りくる敵達へと向き直る。
各々のガンドを真っ直ぐに並べて突き付けながら、更に信乃は神杖も構え、そして二人は唱える。
「神杖よ、勇者の名の元に神秘をここに具現し、我らに万夫不当の力を与えよ――『ユグノ・ブースト』!」
「我が血を喰らえ、我が血を喰らえ。我、命を喰らい蒐める者。我、泉に沈み込み、力の価値を問い続ける者。造りしは数多の像、示すは数多の意味。今、その魔泉の蔵をここに――『フヴェルゲルミル』!」
勇者と魔王の、魔法のやり取り。魔王たる固有魔法「フヴェルゲルミル」の自傷デメリットを、勇者たる神杖魔法「ユグノ・ブースト」が打ち消す。
こうしてシラのガンドは、いつも通りに赤い宝石状の物質に覆われて剣銃の形態を成す。
『おい……何やら、女のガキが起きたようだぞ!?』
『構わん! 勇者の護衛が一人増えた所でなんだというのか! よし、この数で魔法を一斉放射だ!! 慈悲もなく、確実に殺してやれ!!』
襲い来る数多の魔人達が、一斉に魔法を唱えてくる。正直、シラですらも捌ききれるのか怪しい量だ。なんなら「完全顕現」の力すらも必要になる状況だが、「不死の加護」の都合上数時間に一度しか使えない切り札を今使い潰すわけにもいかない(昨日のフェンリル戦にも一度使ったが、さすがにもう使用権を回復している)。
だからこそ信乃は、先程覚えたばかりの新たなる一手を加えていた。
「神杖よ。勇者の名の元に神秘をここに具現し、巡礼し祈り捧げるかの者に、聖なる光の加護を与えたまえ――『ディヴァイン・ジャンヌダルク』!!」
超大型魔人のザンボスすらも屠る糸口をくれた、強力な属性転換魔法だ。しかし、今度は信乃自身の魔法が対象ではない。
その神杖より溢れ出た白光は、シラの身体と赤いガンドを覆っていた。
「……! そう。これがあなたの、新しい力。うん……これならば、全てを呑み込める」
彼女は微笑んだのちに、再び敵へ向き直る。
そしてガンドを真上に構え、唱えた。
「限定顕現――パンドラボックス。『シャドウ・グラビティホール』!!」
――それは「限定顕現」により彼女が使える数多の魔法の中でも、最強クラスのものだ。
それが唱えられれば、いつもならば銃口の先に小さな黒点のようなものが現れるのだが、今回は違う。
黒と白。複雑に混じり合い、しかし決して溶け合うことはない二色を孕んだ歪な点がそこに現れる。
闇魔法が光属性の転換を受けてしまったことで、相容れることのないはずの光と闇が同時に存在しているのだ。
〝光転換:シャドウ・グラビティホール
魔法攻撃力:450
威力階級エクスプロージョン:×8
光闇混合補正:×1.5
グラビティ補正:×1.2
魔法威力:6480〟
「……!」
発端を作っておいて、それでも信乃は驚く。
一時的に魔法攻撃力を大幅に上げ、「光闇混合補正」などという闇魔法と光魔法が同時に存在することによる補正も加えた、その威力数値は――6000オーバー。
今まで滅茶苦茶な威力数値ばかりを見てきて感覚がおかしくなっているが、この数値も充分におかし過ぎる。
何せこれは属性相性有利補正もなく、単体のエクスプロージョン級であり、そして何よりも全体攻撃魔法の数値なのだ。
――先程この「シャドウ・グラビティホール」を最強クラスの魔法と言ったが、勿論確たる理由はある。
全体攻撃魔法と言って真っ先に挙がるものは、「マルク」や「ストーム」系だ。
だが両者にはそれぞれの特徴があり、そして欠点がある。
まず「マルク」は、魔力の続く限り連続で魔法を放ち続ける詠唱だ。
数の暴力とは本当に恐ろしいもので、四方八方の広範囲にばら撒けるそれは、場合によっては相対した複数の敵だろうが圧倒出来る(実際にスルトはとんでもない魔法威力を以て圧倒している)。
だが欠点として、それら全てを狙った所へ的確に当てることは困難だ。大量の魔法を同時に制御してもいられない。
そうなると、同じく複数の魔法相手には些か防御性能に欠ける。折角個々の威力が相手とは相殺以上のものであっても、相手の魔法の一つがそれら全てをすり抜けて自身に届いてしまうという危険も孕んでしまうのだ。
一方で「ストーム」は、自身の周囲に魔法属性を纏わせた竜巻を起こす魔法だ。
竜巻、言い換えればそれは「壁」だ。魔法威力を上回られない限り相手の魔法の悉くを拒み、更に竜巻圏内の敵そのものにもダメージを与えられる。攻防一体の強力な魔法であることには違いない。
だがこれこそ分かりやすい欠点として、その「竜巻」の届く範囲が「マルク」程広いとは言えないことだ。
自分の周囲のものは確かに薙ぎ払えるのだが、遠くにいる敵までは全然届いてくれない。上手く敵全てを自身の周囲に集めてから発動させるなど、攻撃魔法として使うには少し工夫をする必要がある。
つまり「マルク」は攻め寄りで、「ストーム」は守り寄りの魔法だ。
だが、今シラが唱えた「グラビティホール」の性質はそのどちらでもない全くの別物。
「「は……!?」」
取り囲み、魔法を一斉発動して勝利を確信していた魔人達の顔が一気に強張る。
放たれた魔法全てが、その点に吸い込まれ、悉く消されているのだ。




