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四十八話:最奥の魔神器

 □■□



 一瞬のような、永遠のような時間。暗闇の中で、ずっと少女は蹲っている。

 底なしの海を漂うかのように、その流れに身を任せて、深く深く沈んでいく。


 思い出した。全部、全部。


 分かっていた。どうせ自分の過去など、ろくでもない物でしかないのだと。

 殺戮の記憶でしか、ないのだと。


「……私は、罪を犯した。到底、許されざる罪を」


 このまま動かなければ、どれだけ楽だろうか。

 こんなことで奪ってしまった命に償うことができるのならば、どれだけ良かっただろうか。


 そんな彼女の背中を、押す光があった。


『――』


 言葉はない。だが、何を言われたのかは分かる。

 

 ――シラ。あなたはもう、見つけたんでしょ?


「……そっか。うん、そうだね。それでも、私はもう……私の心を奪った世界一優しくて卑怯なあの人に、言われていた」

 

『ああ、お前が今までの罪を全て律儀に背負うというのならそれも結構! だがな魔王、覚悟しておけ! ――お前は、お前がこれまで振りまいてきた絶望なんて霞むほどの、救いと希望を人々に与えることになるぞ!!』


 救済も、贖罪も、もう許されないのだと思っていた。

 

 それでも、「世界を救え」と言ってくれた人がいたのだ。


「償おう。悔い改めよう。……その為に、生き続けよう。それが、私の見つけた答えだ」


 だからこそ彼女は、再び立ち上がる。


「……ありがとう。ここはまだ、私には早いみたい。行ってくるね」


『――』


 ――脳裏に、一瞬だけその笑顔が過ぎった。

 


 □■□



 気が付くとそこは、数多の武器が漂う血のように赤い泉の中だった。


「……私の、魔泉の蔵」


 時間をかけて、ここまで戻って来られた。ここはもう、シラの意識の裏側だ。間違いなく彼女は生きている。

 きっと、死を彷徨っていた身体を信乃が必死になって回復させてくれたのだろう。


 後はここを水面まで浮かび上がれば、現実に戻れる。


 きっと一刻も早く戻らなければならない。上から感じる水面の揺らぎは、現実が相当危ないことを示しているのだろう。


「……」


 それでもシラは僅かな時間、泉の中に数多浮かぶ魔器を見渡していた。


『――娘よ。貴様、何をしておる?』


 すると、奥底からそんな低い声が響いてくる。もちろん聞き覚えがあった。


「あ……久しぶり。元気にしていた? ――『血蒐の魔帝』」

『元気にしていたもあるか。我は既に死んでおるわ馬鹿者。……全く、つくづく貴様には覇気というものがかけておる。本当に我の生まれ変わりか』

「そんなに怒られても」

『……まあ良い。それで、何をしておる?』

「あ、そうだった」


 呑気に「彼」と会話をしている暇も無かった。シラは再び泉を見渡しながら、答える。


「……きっと今、現実ではとんでもないことが起ころうとしている。シノブだって、多分凄い困っている。私は、ただで転ぶ女ではないのです。だから起き上がる手土産に、そんな状況を覆す『切り札』を探している。――この泉の中でも、飛び切りの『最上の魔器』を」


 スルトやフェンリルと対峙した際に呼び出した魔器ですらまだ足りない。

 彼女は傲慢にも、もっと凄い魔法が撃てる魔器を探しているのだ。


『……そんなものが、本当にあると思うておるのか?』

「あるに、決まっているでしょう? ――だって私は、あなたは、最強の『魔王』なんだから」


 最後に付け加えた言葉は、慣れない挑発だった。

 勿論、こうも都合よく表れてくれた「蔵の本当の持ち主」への。


『――く、はは。ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!!!!』


 返ってきたものは、高らかな笑いだった。

「彼」はただ自身満々に、自身こそが未だ世界の覇者であることを疑いようもなく。


 伝説となって尚も最強のその魔帝は、雷鳴の如く笑うのだった。


『切り札だと!? 最上の魔器だと!? 馬鹿を言え!! そのようなもの――あるに決まっておろうが!!』


 底が、開けた。


 否、ずっと見えなかった泉の底が見えたという表現が正しいのだろう。


 そのどこまでも広がる無窮の底の中央に目を向けた途端、シラは思わず顔を顰めてしまった。


「う……!? なに、これ……!?」


 不快感からくるものでは無い。

 純粋に、そこから発せられた途方も無く膨大な魔力の風に晒されてたじろいでしまったのだ。


 その底には、たった二つの魔器が突き刺さっていた。


 一つは、杖。 

 一つは、剣。


 どちらも、闇よりも暗い影のような黒をしており、その周囲にはびっしりと血よりも赤い文様が走っている。


 これほどまでに禍々しい魔器を、シラは今まで見たことがない。

 突如現れた、きっと存在するだけで世界を滅ぼしかねないそれらの名を、魔王は宣うのだった。


『「破星杖アスク」、「断界剣エンブラ」。この二振りこそが、我が泉にある最上の魔器。否、もはや魔器という名に留めて置くにも惜しい。「神杖」と「神剣」の構造を大いに模倣させてもらったこれらは、その勇者達が持っていた神器にすら匹敵する代物――「魔神器」なり!!』


「……」


 息を呑みつつ、シラはそれに近づこうとするものの、すぐに阻まれてしまった。

 いつもの、信乃の「不死の加護」が無ければ身体をばらばらにされてしまうような強烈な激流ではない。


 透明な壁が、それらとシラの間にある。根本的に、彼女ではそこへ行き付けないのだと知ってしまう。


「どう、して……」

『当然だ。それが、我と貴様の決定的な違いと言えよう。神器に限りなく近き特別なこの二器にも、「使用適正」というものが存在する。泉のそこらに浮かんでいる物とは全くの別物の、な。貴様はどうにも、そこまでこの我からは引き継げなかったらしい。哀れな娘よ、貴様はまだまだ我には及ばぬ』


 そう懇切丁寧に説明してくれる彼に対して、シラは少しだけ頬を膨らませながら言い返すのだった。


「……そう分かっていて、どうして私に見せてくれたの?」

『決まっておろう、自慢だ』

「……」

『半分冗談だ。……そうさな、確かに今の貴様ではこれらは扱えない。だが、ヒントは既に与えたはずだ。後は、貴様が考えてみせよ』


 本当に、どこまでも意地の悪い魔王だ。シラは溜息を付きながら、せめてもの反撃の捨て台詞を言うのだった。


「もう、相変わらず意地悪だね。……『お父さん』」

『……おい待て。その呼び方は、随分と解釈違いのように思われるのだが』

「ふん、だ。もういいよ、あなたにはこれ以上頼らない。どういうつもりなのかは分からないけれど、僅かな糸口だけはくれてありがとう。後はそれを使いたくなった時に、こっちでなんか考える。……そろそろ、行かなきゃ」


 そこまで言うと、再びシラは水面を向き、浮上を始める。

 だが、またその間にも声が掛けられた。


『……娘よ。貴様、自分の過去は見たはずだ。貴様は結局のところ、我と変らぬ。その命は、どこまで行っても罪にまみれておる。それでも尚、進むのか?』

「分かっている。それでも、私は償うと決めたから。『あなたのようにはならない』って、そう根拠の無いことを言いながら進むの」

『ああ、それは本当に根拠も無いことだ。その覚悟は、貴様を傷つけるだけではない。……いつか、貴様が恋慕する「あの男」すらも傷つけるやもしれん。それでも、本当に貴様は生きたいと願うか?』

「……」


 一瞬の沈黙。それでも、すぐにシラは傲慢にもこう答えてみせた。


「大丈夫、この私が惚れた『あの人』なのです。多分あの人なら、私がまた狂ってしまってもすぐに止めてくれる。こんな他人任せは卑怯かもだけれど……そんなリスクを抱えながらも、あの人に背中を預ける。そして、時にはあの人を守る。そうして私達は、二人で生きる。――私は孤高ではない、孤独ではない。そうやって、あなたとは全然違う道を歩んでみせよう」


 それ以上の、言葉は無かった。


 ただ何となく、その声の主は満足げな笑みを浮かべた気がした。

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