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二十二話:何も変わってなどいなかった

 □■□



 しばらく動けない道化から逃げたロアと信乃は、潰れてしまったロアの家まで来ていた。

 戦場から離れても、カインやキノ、村人の死を鮮明に思い出して蹲りかけるが、皮肉にも壊れた村の景色が信乃を正気に戻してしまう。


(だめだ、今は悲しんでいる場合じゃない。せめて……せめてロアだけでも守らないと……!)


 信乃は口に付いた胃液を拭い、何とか壊れそうな心を奮い立たせる。

 ロアも血塗れでぼろぼろだった。ようやくそう分かるくらいには落ち着いていた。


「大丈夫か? 今回復を……『ディヴァイン・ヒール』!」

「ありがとう。これでまだ動けるわ。……うん、ここね。『ボルトバースト』!」


 ロアがブレード・ガンドの魔法で瓦礫を吹き飛ばすと、その下から地下に繋がる階段が現れる。


「隠し部屋……?」

「そう、私の家の隠し地下。ここまで崩れてなくて良かった。入るわよ、早く」


 中は真っ暗だ。ロアが灯したランタンの明かりを頼りに階段を降りていくと、すぐに扉に突き当たり、そこを開けると中は小部屋になっていた。


「これは……」


 明かりに灯された部屋には、人が数人は入れる程の大きな鳥かごのようなものがある。


「『ゲートノア』。私の一家がひっそりと受け継いできた、ロストエッダ前の古い魔器よ。『ワープ』の魔法が使える。これで遠くの安全な場所へ瞬間移動して、あの道化から逃げるの」


 扉側の部屋隅にある、コントロールパネルなのであろう石碑をキーボードのように操作しながらロアは早口で説明してくれた。

 今はとにかく逃げるしかないとロアは考えているのだろう。 

 怒り、悔しさ、悲しみ。未だに湧き上がるものはあるものの、彼女の考えに従う他無かった。


「……急ごう。この魔器の起動にどのくらいかかる?」

「まだ少し時間が必要よ。先に中に入っていてもらえる? 魔法の発動段階に入ったら、私も乗り込むから」

「分かった、早く来いよ!」


 籠の扉が自動で開く。その中へ、信乃が入った。


「――ごめんなさい」

 

 彼女が小声でそう言った直後。 

 扉は、中に信乃だけを入れたまま閉まる。


「……!? ロア!? どういうことだ!? まだ、お前が……!」

「……この魔器ね、人間は一人しか転送出来ないのよ。それに、誰があの道化から起動中の魔器を守るっていうのよ。……だから、私は残るわ」


 石碑をいじりながらこちらを見ずに、彼女は答えた。

 恐怖、覚悟、使命、その横顔からは、多くの感情が読み取れる。


(ロアは、何を言っている? ここに残ると……死ぬと、そう言ったのか?)


 そう理解した信乃は、すぐに扉の鉄格子に縋り付き、無理矢理こじ開けようと揺する。だが、扉はびくともしない。


「ふ、ふざけるな! ここを開けろ! だったらお前が乗ればいい! なんで俺を助けるんだ!?」

「そんなの決まってるでしょ。あなたは、いつか世界を救う勇者だから。そして……私は、勇者の仲間だから」

「……ッ!!」


 勇者。仲間。

 その二つの言葉がかつてないほどの大きな罪悪感となって信乃を押し潰し、たまらず叫んでいた。


「違う!! 俺は、勇者なんかじゃない!! だって俺は……元の世界ではただの落ちこぼれだったんだ!!」


 一瞬、ロアの手が止まる。だが、すぐに無言で操作を再開していた。


(やめろ。その手を、もう止めてくれ。俺を、元の世界のあいつらみたいに嫌いになってくれ……っ!)


 そんな思いから、信乃は叫び続ける。


「この世界に来る前、俺が何をしていたと思う!? ――何も、何もしていなかったんだ! お前のように目標があったわけでもない、鍛錬を積んでいたわけでもない、勇気があったわけでもない! 臆病で、そのくせ言い訳ばかりして自分の現状に不満しか抱かなくて、みっともなく自分の殻に閉じこもって何もしようとしなかった、そんなどうしようもない人間なんだ!」


 元の世界での日々を、思い出していた。


『信乃、また試験は赤点なのか? どうしてこんな簡単な問題も解けないんだ?』

『球技大会のバドミントンも一回戦敗退ですって。運動も出来ないなんて。兄と妹は優秀なのに、どうしてこの子だけ落ちこぼれなのかしら』

『おい有麻! 金貸せよ。まあ返さねえけど! ギャハハハハ! 落ちこぼれ有麻は、金貢ぐしか能が無いよなぁ?』

『こいつ、殴られてもなんも抵抗してこねえのな! まあ弱虫有麻じゃ仕方がないか! 今日もいっぱいぼこってやるよ根暗野郎!』


 たくさん酷い言葉をかけられたし、たくさん殴られた。

 だが、信乃は何もしようとしなかった。言い返しも、やり返しも出来なかった。

 ただじっと俯いて耐え、やがて心を壊し、学校にも行かなくなった。負けることを、逃げることを選んでしまったのだ。


「本当は分かっていた、分かっていたんだ! 俺は勇者なんて器じゃない! きっと、たまたま神器が使えたからこの世界に呼び寄せられたに過ぎない! 俺はただの、凄い力を使えて浮かれていただけの、勇者の紛い物だった! だから、自分よりも強いあの怪物を前に、あいつらの仇だって取ってやれない……! 俺はこうしてただ震えて、何も……何も出来ない臆病者でしかなかったんだよ……っ!」


 ――何も、変わってなどいなかった。これが、結局は信乃という人間の真実だった。

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