四十六話:さらばザンボス
とうとう10000オーバーの威力を叩き出し、ザンボスに大きなダメージを与えることに成功。動きも鈍くなり、魔法を避けることも難しいだろう。
これで、とどめを刺せる。
ザンボスは、先が無くなった右腕を左腕で押さえながら、悲壮な声を漏らしていた。
『クソ、クソ! ナンデ……ナンデ!! イツモソウダ!! ドレダケガンバッテモ、ドレダケヒキョウナコトヲシテモ、ケッキョクサイノウニハカテナイ!! ユルセネエ、ユルセネエヨォ……!』
「……あのな、ザンボス。俺も元々はさ、人生の負け組だったんだ」
もはや届いているのかすらも分からない。それでも信乃は、ザンボスに向けて語り掛けつつも淡々と殺戮を実行し始める。
タイムボンバーは、残り三つ。
叫び散らすままその場を動かない彼の周りに、「正三角形」を描くように三つ地面に設置。さっきとは違いこの底面は固定されているので、残り一つを加えた「正四面体」も構想しやすい。
神杖の新魔法「転換」も唱え、準備は整った。
その頂点を加えるために、信乃はシラを落とさないよう近くの建物を壁伝いに駆け上がり、ザンボスの真上まで跳躍。
『ニクイ、ニクイニクイ!! オレヲコケニスルクセニ……オマエタチハ、オレヲミヨウトモシナイ!! バカニシヤガッテ、バカニシヤガッテヨォ……!! ミルラァ……ヤメロ! オマエマデ、ツヨクナルンジャネエヨ……! セッカクウバッテイッタノニ、ナンデツヨクナッテイクンダヨ。アア、アア! ワカッテイル。オマエモ、オレヲミナクナルンダロウ!? アルマノヨウニ、オレヲバカニスルンダロウ!?』
「……馬鹿になんてできるものか。俺だって元は、ただの引きこもりだった。人もあの世界も、全部嫌いだった。そんな奴が、今は一つの世界なんてでかいもの背負っちまっている。……人生、何が起こるか分かったもんじゃないんだ。まあ……そんなセリフは偶然変わっちまった奴だからこそ言えることなのかもな。だが、可能性はきっとゼロではない。お前だって、いつかそうなれる機会はあったかもしれないんだ」
ザンボスは、最後の力を振り絞り飛び上がる。残された左の拳を振り上げ、空中にいる信乃を殴らんと接近する。
『ナア、ソウダロウ!? オマエハオレノコトナンカ、ガンチュウニナインダロウ!? ユルセネエ、ユルセネエヨォ……! シネ! シネ! シネ――アルマアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!』
「……だが、お前はそれを待てなかった。その前に、取り返しのつかないたくさんの罪を犯してしまった。そして何よりも、人を殺す本物の怪物へと変貌してしまった。だから、いいぜ。今まで誰もお前を見ずに、誰もお前を気にかけてくれなかったってんなら――俺だけはお前を見て、この手で裁いてやる」
信乃も一時的に神杖を霊体化。手ぶらになった右手に拳を握り、殴りかかってきたザンボスへ振り下ろした。
信乃の拳とザンボスの拳は交差し、お互いの顔面を殴る。
これはもはや魔法を撃ちあう戦いですらない。ただただお互いの意地をぶつけ合う、純粋な力比べだ。
「「……ッ!!!!」」
ザンボスの超大型魔人としての身体能力から生み出された拳と、信乃の「ユグノ・ブースト」で強化された筋力から生み出された拳。
一瞬のような永遠のような時間の硬直の後に、勝ったのは信乃の方だった。
『ヴ……ギィイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイッ!?』
ザンボスよりも早く振り抜いた信乃の拳が、そのままザンボスを押し返し、再び地上のタイムボンバーを仕掛けた正三角形中心地点に叩きつける。
一方でまだ中空浮遊を保っている信乃は殴られてくらくらする頭を酷使し、すぐにガンドを構えて狙いを定める。
『ナゼ……ナゼダ……ナゼオレガ、マケル……? ドコデマチガエタ……? ナゼオレハ、カテナイ……? カツ? カッテ、ドウシタカッタ? ……ソウダ、ダレカニミテモライタカッタ。ダレカニ、ホメテホシカッタ……』
「ザンボス。お前は最低のクソ野郎だ。多くの未来ある少年少女達の道を断った。ミルラ達を泣かせた。お前は、間違いなく誰からも嫌われる悪者でしかない。これも因果応報、死んで当然だ」
「正四面体」を再び構想。もう動く気配すら見せないザンボス相手に、撃つ場所もタイムボンバー達を起動させるタイミングも完璧に把握出来てしまった。
後は、その終焉を形にするために――
『――アア……ソウカ。オレハタダ……ダレカノタメニ、イキテイレバ――』
「……それでも俺は、お前のことをそこまで嫌いにはなれなかったよ」
――そして勇者は、引き金を引く。
〝光変換:エクスプロージョン・バースト(×4)
魔法攻撃力:310
威力階級エクスプロージョン:×8
光属性補正:×1.2
魔法威力:2976
魔法同時直撃:×4
合計魔法威力:11904〟
凄まじい発光、爆風が辺りにまき散らされる。
中心にいた怪物の、並みの超大型魔物のカタストロフ級魔法よりも更に強い魔法威力相当にさらされたそれの、輪郭が瞬時に融解していく。
一体、その男はどこで間違えたのだろう。
否、そんなものは結局誰にも分からなかったからこそ、彼は間違えるしかなかったのだろう。
その、本当は誰もが望むような当たり前の生を願っていたはずの男の最期を、信乃は最後まで目を逸らすことなく見つめ続けるのだった。
「――さらばだ、ザンボス」