二十一話:加速する地獄
「信乃から離れろ、ヴィーザル!!」
酷く切羽詰まった声でロアが叫び、キノと共に道化へ魔法を放つものの、それも軽やかな身のこなしで難なく避け、さっきまでいた位置に戻っていた。
「おーおーこわこわ。でも信乃クン人質に取るとかしなかったボクってばやっさしい。心優しいピエロの鑑だって褒めてくれてもいいんだヨ? ……うん?」
「し、神杖の勇者様を守れー!!」
建物の影から、村人達が銃器の形をした武器型魔器を携えて一斉に出てくる。信乃達が戦っている間に、戦える者は魔器を装備し集まってくれたのだろう。
「村長! 避難したんじゃ!? 村の女子供達は!?」
「ロア、無事だったか! 避難……させたかったが、正門と裏口どちらも破壊されていてすぐには出られん状況だ。まずはこやつを倒すしかない……! かかれー!!」
「だめ! みんな近付かないで!!」
多勢に無勢。この人数ならばとロアの静止を振り切り、村人達は道化に一斉に襲いかかり、魔法を放つ。
だが、無駄だ。そんな差でどうにかなる怪物ではない。信乃も叫んでいた。
「やめろ!! 逃げろおおおおおおおおお!!」
「あーあ。一気に蹂躙はそこまで趣味じゃないんだけどなぁ。まあ仕方が無い。ちょこっとだけ本気を出して、まとめていい作品に仕上げてあげましょうかネ。……さあ全てを薙ぎ払え、『ブリューナク』。――『カタストロフ・ウインドストーム』」
道化が槍先を天に掲げると同時に、世界が傾いた。全てが回り始めた。
とてつもない風速の巨大な竜巻が、魔法諸共すべてを吹き飛ばしていく。
〝カタストロフ・ウインドストーム
魔法攻撃力:400
威力階級カタストロフ:×32
魔法威力:12800〟
もう、見ている数値の意味が全く分からない。
「『ギガント・バースト』! 『風除けの加護』!!」
咄嗟に近くにいたロアが信乃を抱き留め、近くの地面に開けた穴に潜り込んで防御を展開。襲い来る暴風を防ぎ、瓦礫をかわす。
「ぐうう……!」
いくつかの細かい瓦礫が穴に入り込み、ロアの背中に突き刺さって血が吹き出す。それでも、彼女は信乃を守る。
「あ……」
守られていても信乃には分かってしまう。この穴の外は、完全なる死の世界なのだと。
広がっているそれはもはや、ただの一つの魔法とすら思えない――この世界を終わらせる天災か何かなのだと。
やがて、嵐は収まる。
「……そん、な……」
先に地面から出たロアが、そんな呆然とした声を漏らす。
開けた信乃の視界にも、地獄が広がっていた。
外壁すらも含めた村の全てが瓦礫と化している。数分前まで確かに穏やかな生活を営んでいた光景は、見る影もない。
そして、そのあちこちに、血が、肉がべったりとこびりついている。
「う……っ」
むせるような、生臭い匂いがした。
腕が一本、地面に落ちていた。
砕けた木材に串刺しになっている胴体があった。
瓦礫の隙間に、潰れてぐちゃぐちゃになった首があった。
何らかの臓器が、瓦礫から突き出していた魔器にぶらぶらと吊り下げられていた。
井戸だった崩れた石材に、原型も分からない肉塊がべったりとこびりついていた。
目の前に、虚ろな目をしたキノの上半身だけが転がっていた。
「うっ……うぇ……! おぇぇぇぇ……!」
たまらず、信乃はその場に蹲り吐いてしまう。
ロアも直視が出来ず、目を覆って震えていた。
これが全て、トネリコ村の人々だったものだというのだろうか。
さっき喋っていた人達も、昨日一緒に狩りに行った人達も、一昨日一緒に特訓に付き合ってくれた人達も、この一ヶ月関わってきた全員の成れの果てが、この光景だというのだろうか。
「アハハハハ! キレイキレイ!! っていっけね、信乃クンまで殺しちゃうトコだった。やーよく防げたねキミ、アリガトね」
この惨劇の中、道化だけがロアに向けて軽く笑っている。
「これだけ、殺しといて……今更あなたは、人の生死を気にするの……?」
「ええ〜当たり前ジャン。信乃クンはトクベツ。殺すのもいいけどさぁ……『仲間も希望も全てを無くして、生きたまま帝国に連行される、心が完全に壊れちゃった信乃クン』、見てみたくなぁイ? アハハハハッ!!」
「……お前は、お前は……っ!」
あちこちが血肉の海となり、信乃とロアの二人きりになってしまった絶望的状況。それでも彼女はまたガンドを構え、強い憎しみを込めた目で道化を見ていた。
「させない……信乃だけは、絶対にお前達帝国には渡さないわ……!」
「オ、いいねいいねー! さっきの魔法で怖がらせたかと思って心配してたけど、またやる気出してくれて嬉しいヨ! まだ遊べるんだネ! さて君はどれだけもって……うん?」
こちらに来ようとした道化が止まる。その足は、這って近づいていたキノの両手に掴まれていた。
「キノ……キノー!!」
ロアが悲鳴に近い声で叫び、信乃も力無く彼女を見る。無理だ、あれももう直せないと悟る。
下半身の無い彼女は、なぜまだ動いているのかも不思議な状態だ。
「あっれー? まだ生きてたのキミ? 凄い執念だネ。怖いナー早くお眠り」
道化が槍を振り上げ、キノの頭へ突き立てる直前に、彼女は魔法を唱える。
「ネクロ……チェイン……」
ぱきっ、と殻が潰れるような音が生々しく響き、掴んでいた手が力なく地面に着く。
「……げっ」
また絶望的な表情で下を向いてしまった二人だったが、道化から初めて聞く少し焦ったような声で再び顔を上げていた。
彼女は、拘束されていた。キノだったものから黒いモヤが発生し、紐状となって道化を縛っていたのだ。
「あっちゃー、死の契約系の代償魔法じゃん。なんて珍しいものを持ってるんだ……いたいけな女の子を縛るだなんてヒドーイ……」
槍から魔法を発動させながら身体を捩るも、どうやら簡単には抜け出せない様子に見える。
「……あの化け物が、止まった?」
「あれは……キノ自身の、最後の魔法。死を対価に、如何なる相手の動きもしばらく止められるっていう。……ッ、無駄にはしないわ、キノ……!」
一ヶ月の付き合いの信乃ですら途方もない悲しみと絶望に苛まれている。ずっと一緒にいたはずのロアの心中は計り知れない。
それでも彼女は決意したように歯を食いしばり、近くに刺さっていたブレード・ガンドを――カインの魔器を拾い上げると、信乃の手を取って道化とは反対方向へと引っ張る。
「もう、あそこしかないわ。こっちよ、来て信乃!!」
「……っ!」
二人は瓦礫の道へと駆け出し、逃亡を開始する。
その後方から聞こえてくる、道化の不気味な笑い声を必死に聞き流しながら。
「キャハハハッ! なに、逃げる? 逃げるの信乃クン!? ダーメ、逃がさないヨ! どこへ行こうがボクは必ずキミを見つけ出して、捕まえてあげるからネ!! キャハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!!」