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三十五話:何の為に戦う?

「……ッ。何を、言って……!」


 また言い淀んでしまった信乃に、今度は彼女が畳み掛けてくる。


「例えばの話をしてやるよ! アンタのいたというその村の人間達が、魔人とは全然関係の無い、別の野蛮な人間達に殺されていたらどうだ!? アンタは、その人間達をそっちのけで魔人達を殺すどころか、その人間達にも『人だから助けたい』と救いの手を差し伸べるのか!?」

「は……何だそれ、するわけが無いだろう!? そうなったら、俺はきっとその人間達を殺して……。……ッ!?」


 自ら矛盾を感じ取ってしまい、今の彼に有るまじき発言だと気づき、信乃の口は止まってしまった。

 だがスルトは、容赦なくその矛盾を抉ってくる。


「そう、それだ! はっきり言ってやるよ! アンタのその心に強く燻り続けている怒りは、『魔人』に対するものじゃない! アンタの大切な人達を殺した『ヴィーザル様』という一つの存在に対するものでしかないんだ! そして彼女がたまたま魔人だったから、アンタは『魔人』というカテゴリーへの復讐を誓った! 良いように世界を救う理由と結びつけた! ならばアンタは、もしも彼女が人間だったのなら、勇者ではなく人を殺し尽くす殺人鬼になっていたのか!?」

「……うるさい。そんなものは、お前の言ったように『例えば』の話に過ぎない! 現実として『魔人』のあいつがロア達を殺した! あいつが、『魔人』だからこそ殺したんだ!!」


 認めるわけにはいかない。


『今度こそ、私達人間に希望と平和をもたらして』


 託された言葉がある。信乃がやらなきゃいけないと心に決めたことがある。

 それを裏切るわけにはいかない。あの少女が最期に見せてくれた綺麗な笑顔を、ただの「信乃の復讐」だなんてどす黒いもので汚していいはずがない。


 だから信乃は、「正義の勇者として、悪である魔人を殺して世界を救う」ことを否定するわけにはいかない。


「そうだ、お前達『魔人』は滅ぼすべき絶対の悪なんだ!! 元が人間!? 俺が救うべき者達だった!? 結構、そんなものは関係がない!! それはもう、ただ素体となっただけの人間達とは完全の別人格なのだからな!! 復讐にすらなり得なくてもいい! これは勇者としての使命だ! その存在が何の罪もない人達を殺すのだから、俺もまたお前達を殺す!! お前達魔人は――みんなクソなんだよ!!」


「――」


 そう叫ぶ信乃は、どんな顔をしていたのだろうか?


 スルトは初めて、その険しかった顔に変化を見せた。

 憐憫、悲しみ。そんなものを含んだように思える。

 その顔で、ゆっくりと信乃から視線を外して()()を見る。


「……?」


 信乃もまたつられるようにその視線の先を見て、この上なく驚愕する。


 ――そこには、リンドヴルムの背中の上で今だに眠り続けるシラがいた。


「……じゃあ、あれは何なんだ。アンタはなんで、その殺し尽くそうと決めた『魔人』であるあの小娘を、こんなところまで殺さずに大事に連れてきた?」


「……」


 信乃は、その驚愕からすぐに立ち直ることも出来ず、しばらく何も言い返せなかった。


 考える、考える。

 それでも、答えは浮かばない。


 この矛盾だけは、どう偽ることも出来ない。


「……うる、さい。お前には、関係がないだろう……」


 だからこそ、結局はその場しのぎの幼稚な返ししか出来ない。


「……ああ、そうだよ。アタシには関係がない。アタシとアンタ達は、敵同士でしかないんだからな。……だがな、有麻信乃。これは他でもない、アンタ自身の問題だろうが」


 スルトは再び、いつの間にか一歩下がってしまった信乃を真っ直ぐに見据える。その釣り目でただ静かにこちらを見据え、語りかけてくる。


「今一度言おう。別にアタシは、アンタの復讐も否定しない。『魔人を殺し尽くして世界を救う』だなんて大層ご立派な大義名分も許容してやる。……だがな。そのままだとアンタ、いつかは矛盾という壁にぶち当たる。生半可な信念の崩落を目の当たりにする。いつか、『魔人を殺して世界を救う勇者が、その魔人を侍らせている』と後ろ指をさされるだろう。いつか、アンタを慕って付いてきてくれる人間がある日魔人になって、アンタの前に立ち塞がってくるだろう。いつか、かつて『誰か』の恋人や家族のような存在(人間)だった魔人を殺してしまい、その『誰か』から激しく糾弾をされるだろう。その矛盾を容赦なく指摘してくるのは、敵である魔人ではない。アンタが救うと決めた、他でもない何の罪もない人間達だ。アンタはいつかそんな事態に直面してでも、それでも今の信念を貫けるのか? アンタは、アンタでいられるのか?」


「……」


 もはや、信乃は何も言えなくなっていた。

 いつの間にかスルトの胸倉を掴む手すらも放している。だが、未だにスルトはしっかりと信乃の胸倉を掴んでいる。


 そして彼女は再び顔を険しく顰め、彼の顔を引き寄せて問いかけてきた。


「――なあ、答えろよ!! アンタは、それでも何の為に戦う!? 魔人は、人間だ!! もうこの世界には、明確な悪も正義も存在しねえ!! アンタが本当は尊重するべき誰かの切実な思いを犠牲にしねえと、その他の誰かは救えねえんだ!! そんな混沌とした世界の中で、アンタは何を思いその道を歩み続ける!? 何のために生きる!? さあ、今一度向き合って答えてみせろよ――有麻信乃!!」

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