二十話:嘲笑う道化
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「キャハハハハハハ! 死んだ死んだ! キレイに殺せた!! まずは一人だネ。なかなか楽しかったヨ、……カイ、カイル? まあ、名前なんてどうでもいいや」
カインだった下半身が、ぐちゃりと倒れ込む。
「……神、杖よ。勇者の名の元に神秘をここに具現し、かの者の傷を癒せ――『ディヴァイン・ヒール』」
信乃は回復魔法を唱え、それが緑光に包まれる。だが、何も起こることはない。
震えが止まらない。乾いた喉が張り付き、声も上手く出せない。
「……『ディヴァイン・ヒール』。……癒せ、癒せっつってんだよ、『ディヴァイン・ヒール』!!」
ロアも震えながら凝視し、何も言わない。
目の前で起こったことは、とっくに頭の中で理解出来てしまった。カインは道化の魔法で上半身を吹き飛ばされてしまった。
神杖と言えども、死者の蘇生は出来ない。
カインは、どう見ても即死だった。
「いやああああああああああああぁぁぁ!! カイン! カイン!!」
叫んだのは、キノだ。恐怖と絶望に染まった声からは、普段の温厚さを微塵も感じない。
その瞬間、とても大切なものが崩壊してしまったのだと信乃は知る。
「……は……こんなの、嘘だ。こ、これから、俺達の……冒険が……」
到底信じられない現実を否定したくて、首を振った。だが、非常にも道化は肯定する。
「アハハっ! アッレー何、ひょっとして仲間達と切磋琢磨しながら強くなって、いつか悪の元凶を倒す……なんて、そんな二十年前の勇者達みたいな冒険でも夢見ていたの!? そうだろうね、このまま行けばきっと素晴らしい、夢と希望に溢れた勇猛果敢な冒険譚となったのだろうね! でもゴメンね、そんな綺麗な物語――ボクは大嫌いなんだよね」
心底嫌悪するかのように、最後の言葉にだけ氷のような異様な冷たさを込めていた。
その見てきたような口ぶりに、信乃は問わずにはいられない。
「……お前、ずっと俺達を見ていたのか? 一体、いつから……っ、まさか……!」
すると道化は仮面の向こうの瞳を歪め、まくし立てるように語る。
「そう! もちろん最初からダヨ! 帝国にいるのも退屈で、たまたまうろついて遊んでいたミズル王都でキミと出会った時から、すぐに新しい勇者だと分かってしまった! でもその場で捕えてしまうのもどうにも面白くないと思ったから、ずっとずっと見ていることにしたんだヨ。キミがそこの女の子に連れられて村に来たところも、神器をノルン遺跡で手に入れたところも、ケルベロスを倒したところも、全部全部見ていた。その後はそうして特訓まで始めてちょっとずつ強くなっちゃってさ。なんて順風満帆、努力と友情、そんな美しい言葉の似合う日々なのだろう。ああこの一ヶ月、本当に見てて――退屈だったよ。こんなのボクの好みではない、つまらない。だからキミ達も絆を十分に深めてくれた頃合いを見計らって、こうして派手に壊すことにした。これでまた面白くなる。キミはもっと絶望するべきだ、歪むべきだ、新しい勇者。故に、ずっとキミを見てきたボクが壊そう。ボクが紡ごう。ボクが語ろう。――キミの、正しい物語を」
信乃はこれ以上ない恐怖と、寒気を覚えた。
「……狂ってる」
隣で、彼の気持ちを代弁するかのようにロアが肩を抱いて震えながら呟く。
「面白そう」だからあえて見続け、やがて「つまらなく」なったから、また「面白く」したいので壊す。その道化は、信乃達を愛玩動物以下くらいにしかみていない。
そもそも最初から彼女は、この戦いすらも「遊び」だとしか言っていなかった。
――その強さも、その考えも、何もかもが信乃の理解の範疇を超えてしまっていた。
「……ずっと、見ていた? 私達は、あなたの道楽の為に生かされていた? ふざけないでよ……じゃあカインを殺したのも、あなたにとってはただの遊びでしか無かったって言うの……!?」
怒りで我を失っているキノが、銃口を道化へ向け、叫ぶ。
「もーうるさいなぁ。まだ一人死んだだけジャン。――じゃあ、次はキミ?」
何を怒られているのか分からないという風に、つまらなそうに道化がキノに目を向けると同時に、信乃はまた彼女から莫大な魔力が溢れ出るのを感じてしまった。
「……やめろ」
同じだ。あの化け物は、次の瞬間にはキノをカインと同じように肉塊へ躊躇うことなく変える。
「やめろおおおおぉぉぉぉ!!」
信乃は、自分のガンドを道化に向けた。
その瞬間、死の風は向きを変え、信乃に吹き付ける。
「もぉ、ダ〜メだヨ。勇者様がそんな物騒なもの向けちゃ。……うっかり殺したくなっちゃうゾ?」
前にいたはずの道化は、信乃の後ろから優しく耳に囁きかける。
槍は信乃のガンドにだけ正確に突き刺さり、砕けていた。
「……あ……」
近付かれて更に分かる。この怪物の内包する、無限とすら感じさせられる底知れぬ魔力量。
今、信乃はこれに呑まれて確実に死んでいた。その途方もない恐怖が遅れて彼に降りかかり、もう身体は動かなくなってしまう。
傷は一つもない。だが、心に恐怖だけははっきりと刻みつけられてしまった。
何をやっても、この怪物には勝てない。