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二十五話:研究最後の日

 □■□



 いつの間にか、クロリアの居住部屋はシラのいる監獄の研究室になっていた。

 ここならば、いつでも彼女と過ごすことが出来たから。


 研究が終わった夜は、毎日ずっとシラと鉄格子越しに話し続けた。


 父の残した絵本のこと。クロリアの研究のこと。

 中でもシラが不思議と興味を示してくれたことは、今の勉強グループメンバーとの会話だった。


 他愛のない会話。面白かった会話。少し気まずくなってしまった会話。

 その話題なら、毎日の勉強会で話しているためにネタにも困らない。クロリアはそんな人間同士の会話を、人という生き物達の営みを、魔王の少女に語り聞かせてあげるのだった。


 研究の方も、そこそこではあるが順調だ。

 シラという個体について解明出来た部分も少なからずあり、そのデータをロイジャーに突き付けて彼を唸らせられたほどだ。

 だからこそ、クロリアをシラ専属の研究員という役割から外されることもなかった。


 そう、時間稼ぎは順調だった。

 クロリアもまだ死んではいないし、シラだって壊れていない(唯一彼女を独断で使ってくる、あの極めて迷惑な司祭も、結局はあの一度きりしか彼女に干渉してこなかった)。


 ――シラと出会い、約一年後。


 だからこそ、とうとうその転機が訪れることとなる。



 □■□



「クロリアさん、ミーニャさん、聞いてくれ。とうとう、確保が出来たんだ。帝国からの『逃走経路』を」


 ある日の、いつもと変らない日になると思っていた午後の勉強会にて。

 そう部屋隅の穴を指差しながら咄嗟に切り出してきたのは、男性研究員ケビンだった。


「ほ、本当に!? あたし達、本当にここから脱出出来るの!?」

「ああ、ケビンさんの言っていることは本当さミーニャさん! いやぁ、ロイジャー教授の目を盗んで二人で長い間この経路を掘り進めた甲斐はあったよ。この穴の先はなんと、帝国の外壁すらも越えた先……ミズル王国の国土なのさ!」


 ミーニャは驚きと歓喜が入り交じった声で聞き返し、それにオッカも嬉しそうに返す。


 そう言えば、確かにそんな話を一年前彼らはしていた。すっかり忘れていたクロリアは突然の話に呆然としていたが、徐々に嬉しさが込み上げてきた。


「……そう、なのね。私達、遂に外の世界に出られるのね」

「ね、良かったね! クロリアさん! 私達は、自由なんだよ!!」


 ミーニャと喜びを分かちあっているのも束の間、ケビンとオッカが咳払いをして話を進める。


「喜ぶのはまだ早いぞ。それは、ちゃんと脱出が成功してからだ。脱走計画がばれてしまっては元も子もない、急な話だが脱出は今日の夜としよう」

「脱出はまあ……悪いけど僕達だけだね。ここの研究員全員が一度に動いたら、すぐにばれてしまう。君達は本当に運が良かったんだ、ミーニャさんクロリアさん。僕とケビンさん二人と同じ研究仲間であったことを感謝するように! 何なら僕達、その経路を見つけた時点で脱出しても良かったのに、それでもここへ戻ってきたのは君達のためなのだから!」

「はいはい、分かったよ二人共。ありがとうね。他の研究員達にはなんだか申し訳ないけれど、仕方が無いよね。私達が脱走した後に、彼らがこの経路に気付いてくれることを願うしかないよ!」

「今日の夜、か。本当に急な話よね。それまでは、どうしていればいいの?」


 そうクロリアが聞くと、ケビンが冷静な顔でこくりと頷いて答える。


「ふむ……まあ、外見上は普段通りに過ごしてもらいたい。ただ、脱出の際に持ち出せる荷物は限られてくるだろうから、何を持っていくのかを考えておいてくれ。あと、俺達以外の数人くらいの脱出ならば可能だろう。……もしも誰か、特に親しい人物がいる人はいないだろうか。その人くらいになら声をかけて脱出に誘ってもいい」

「……」


 そう言われて、クロリアは真っ先に一人の少女の姿を思い浮かべてしまった。

 今も尚監獄に幽閉され、今日もまた勉強会に行ったクロリアをじっと待ち続けてくれているであろう、その銀髪の少女を。


「……いるわ、私」

「ほう、クロリアさん。あまり積極的には人と関わらないあんたが、ね。それは、誰なんだ」


 深呼吸。

 これは、これから発する自分の言葉の重さへの緊張だ。


 それでもクロリアは、しっかりとその名を言っていた。


「魔王の生まれ変わり、魔人ニーズヘッグ・ブラッドカイゼル。私は、彼女を連れていきたい。彼女と共に、外の世界を見てみたい」


 一瞬の沈黙。その後に、おずおずとオッカが声をかけてくる。


「ええっと……それって。君がもう一年以上も研究している実検体? どうしてまた、そんなものを……?」

「……」


 そう聞いてくる彼の顔には、困惑と不安の色がにじみ出ている。

 

 シラの話をしようとすると、彼らは決まってこういう顔をしていた。

 三人共、魔王本来の姿を悪行を知っている。だからこそ、その生まれ変わりである彼女もそう簡単には受け入れてはくれない。そう分かってしまったからこそ、クロリアだってそれ以降シラの話を彼らにすることを伏せてきた。


 だが、もう状況は大きく動いた。

 ここで勇気をもって彼らに言わなければ、シラをまた一人にしてしまう。


「聞いて、みんな。あの魔人は、今まで私達が見てきたような悪い魔人じゃないの。私達人を想ってくれる、私達人を好きになってくれる。そんな、ただの女の子だったのよ。そんな彼女と、私は仲良くなったの。私は、あの子が好き。だから、あの子と共に私は生きていきたい。だから……」

「……そう。いいんじゃない、そうクロリアさんが決めたのなら」


 そう、ミーニャが答えた。

 その顔には、優しい微笑みを浮かべている。


「じゃあなんなら、もう今からでも行っておいでよ。二人分の準備でしょ? 結構時間かかるでしょ。ロイジャーさんには、あなたが勉強会を抜け出したことも上手くいっておくからさ」

「……ミーニャさん。うん、ありがとう……」


 正直、こんなにすんなりと受け入れてもらえるとは思っていなかった。

 拍子抜けしながらも、クロリアの顔からは思わず笑みがこぼれる。


 ミーニャの言う通り、シラと脱出するためにも準備は必要だ。だからこそ、彼女の好意に甘える必要がある。


「じゃあ、私先に戻っているね。ニーズヘッグも……シラも連れてくる。きっと、あなた達とも仲良くなれるはずだわ。じゃあ、また後で……」


 そう言って、クロリアは部屋の扉から出るために彼らに背を向けて――


 後頭部に、強い衝撃が走った。

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