十四話:かつての帝国
「「「……」」」
クロリアの発言のせいで、更に場の空気が重くなってしまった。
せめて会話だけでもつなごうと、今度は彼女から話を振る。
「……その。三人はさ、『ロストエッダ』前の……おかしくなる前のアース帝国がどんな感じだったかっていうのは、覚えているの? 私はまだ赤ん坊だったから、全然知らないの」
「えっと……もう14年くらい前のことかな? それはまあ、しっかりと覚えているね。あたしはちょうど今のクロリアさんくらいの歳だったし」
真っ先に答えてくれたのは、ミーニャだった。
「まあ、他の国ともさほど文明も文化も変わらない、普通にいい国だったよ? たくさん人間がいて、あちこちの街には活気があって。今みたいなコンクリートや鉄の建物なんてなくて、どこもかしこも石とか木とかレンガ造りの建物ばかりでさ。もちろん今は文明がなぜか凄く発展して色々と便利にはなってしまったけどさ、それでもあたしはあの頃が楽しかったな。うちの家は帝都で酒場を経営してたんだけど、毎日人で賑わってた。酔っ払った男同士の喧嘩とか男女の修羅場とかは日常茶飯事で、まあお世辞にもお綺麗な雰囲気では無かったけど……そういうのが、良かったんだよ」
「……いいなぁ、それ。僕もまだ小さい子供だったけど……何となくそういう、明日も面白おかしく生きていくんだろうなって思える、夢と希望に溢れる世界だったのは覚えている」
次にため息混じりに話に加わったのは、ふざけた態度を少し収めたオッカだ。
「僕のおじいちゃんは、帝国の政治を担う偉い大臣だったんだ。おじいちゃん、いつも生き生きとこの帝国のことを考えて働いていた。『皇帝閣下はいつもこの国の、この世界の行く末を考えている偉大な方だ、私も彼と帝国の為にこの生涯をささげたい』……それが、あの人の口癖だったなぁ。幼い僕から見ても、確かにこの国の治安は良かったし帝国民はみんな生き生きとしていたんだ。魔王が差し向けてきた魔物達の襲撃は日常茶飯事であり、僕達はいつもそれに怯えていたけれど、それも十分に訓練されていた帝国の兵士達が食い止めてくれた。どんどん強くなってくる魔王の軍勢を目の当たりにして、『異世界より勇者を召喚しよう』と大陸各国へ提案したのも皇帝閣下だと聞いている。……本当に、ここはいい国だったんだよ」
「……だが、あの『ロストエッダ』を境に何もかもが変わった。あの未曽有の災害で多くの人間が死に絶えただけではない。同時に皇帝閣下も行方をくらませ、そして急に帝国の人間は次々と『魔人』なる怪物へと姿を変えられた」
そして最後に、そう神妙な口調でケビンが話し始めた。
「俺の両親は冒険家で、とても強い剣使いと弓使いだったと聞いている。当時はまだ魔器も出回っていなくて、純粋に武器を扱う腕だけで数多のダンジョンの制覇に貢献し、そして勇者達とすら協力して魔物達を倒したって自慢話も聞かされたくらいだ。……だが、その二人すらも魔人には勝てなかった。最期には『息子であるケビンだけでも、せめて研究員として人間のまま生きさせてくれ』なんて遺言を残して、魔人化されたそうだ。それはもうとっくに俺の知る親なんかじゃないだろうし……今はこの帝国のどこでいいように使われているのかも、それとも死んでいるのかすらも分からないんだ」
「……」
一瞬の沈黙。しかし、今度はケビンがクロリアに問いかけていた。
「なあ、クロリアさんは知っているのか? 自分の両親がどうなったかっていうのは」
「……私に物心がつく前に離ればなれになってしまったから、そもそも両親の顔も知らないわ。ロイジャー教授から聞いた話では、二人もロストエッダ後にはこことは違うどこかで研究員になって、娘である私も研究員にして欲しいって頼み込んでいたそうよ。……それ以上のことは何も。二人共、今はどこで何をしているのかも分からない。まだ生きているのか、とっくに死んでいるのか、……それとも、もう今は怪物として生きているのか……何も、分からないの」
「……そうか」
俯きながらそう答えたクロリアに対し、ケビンもまた暗い顔でそう返すのだった。
「……クロリアさんの言う通りだよ。一体、何をしているのだろうな俺達は。何故、突然現れて俺達の全てを奪った『アウン』なる神様の言いなりになって、のうのうと一緒にこの世界を壊しているのだろうか」
「……ケビンさん、あんまり大きな声はまずいよ。どこでロイジャーさんが聞いているか分からない」
「……っ、ああ。全く、発言の自由もないとか。本当に嫌な国になったものだ。そうだな、もうこの話はやめよう」
また珍しく真面目な口調のオッカに諭され、ケビンはそれ以上その話題について話すことを止めてしまう。
そして再びクロリアの方を見て、彼女に問いかけるのだった。
「なあクロリアさん。みんなも聞きたいだろうし、さっきの食堂での話の続きをしよう。あんたまたロイジャーさんから面倒ごとを押し付けられたんだってな。――『失敗作の魔王』の世話をする、だろう?」