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十三話:こんなのやっていられない

 □■□



「……だあああああっ!! こんなのやってらんないよおおおおおおっ!!」


 そんな叫びが総合研究室横に設けられた、机が四つ中央に2×2で向かい合うように置かれた小さな勉強部屋に響く。


 色の抜けた明るい髪が特徴的な女性研究員、ミーニャの声だ。クロリアの右横にいた彼女は机に山積みされていた書類を突然、紙吹雪のように投げ散らすなり頭を掻きむしりながらそう言ったのだった。


「……えっ。ど、どうしたのミーニャさん。やってらんないって……研究が? それとも、この勉強が?」

「そんなの、どっちもだよクロリアさぁんんんんんん!! いや研究は多少は……胸糞は悪いけどましか! ずっと手を動かしていられる単純作業も多いし! でも、こんな座学まではやってらんないよおおおおおおっ!! 実験に関する先行研究論文を見るのならわかるけど、それが書かれている文字が『エイゴ』やら『ニホンゴ』やらとかいう訳分からん異世界言語二つ! それも勉強する必要があるとか! 『エイゴ』はまだましとしよう! ある程度の単語と文法を覚えられれば何とか! でも『ニホンゴ』とかいうこのクソムズ言語は何!? ひらがな!? カタカナ!? 漢字!? 実質三言語じゃん詐欺じゃんこれ使いこなせるやつきっと全員天才じゃんこんなん知るかボケエエエエエエェッ!!」


 クロリアが恐る恐る声をかけると、ミーニャはやはり子供の駄々のように取り乱しながら捲し立てるように答えた。

 彼女はもう29歳になるらしいが、その傍若無人な性格も相まって実年齢よりもずっと若く見える。


 それに引き換えクロリアは一応まだ15歳くらいなのにも関わらず、普段の落ち着きぶりからして30代くらいの女性に見えてしまうらしい。内気な性格や黒髪ぱっつんの眼鏡という、地味な見た目も気にしている彼女としてはちょっとショックだ(ピンク掛かった不思議な色の瞳だけは少し自慢だが)。ミーニャのその性格を少し見習いたいとクロリアは思う時がある。


 勉強会の内容としては、一応彼女達の研究の元となった「先行研究」論文を読むというものなのだが、それが厄介なことに全部異世界の言語で書かれている。その「エイゴ」も「ニホンゴ」もロイジャーからある程度教わってはいるものの、それでもやっぱり難しく、ガルドル大陸の人間達が普段使う「セイズ言語」のようにすらすらと読むこともまだまだ難しい。

 なので結局のところ、今行っている勉強会とは実質この二言語の勉強が趣旨となってしまっている。


「……うるさいぞ、ミーニャさん。普段優秀な研究成果を残しているのだから、そのうるささもどうにかしろ。俺まで勉強し辛くなるだろ」

「えー暴論! それは暴論だよケビンさぁん!? あたしはこの内面あってこその有能なの! 普段はだらしないからこそ仕事はきちんと出来るの!」


 クロリアの右前の机に、こちらと向かい合うように座っていた20代前半の若い男性研究員ケビン(先程食堂で助けてくれた人だ)が、年上のミーニャを諭す。


 正直この部屋の中では彼が一番まともでありリーダーシップもある。そんな力関係が分かっているのか、ミーニャもそんな年下からの命令口調に特に気を悪くした様子もなく、ただそう反論するのみだった。


 そこにクロリアの正面向かいに座る、少し軽薄な態度をする(チャラい)薄い金長髪の男性研究員オッカも会話に交じってくる。


「まあまあケビンさぁん! そう硬いこと言うなって。我らがこの研究所の麗しきお姫様の一人、ミーニャお姉様の癇癪も寛大に聞き流してやるってのが男の器だぜ? 女だって年が全てじゃないし、彼女にはまだまだ魅力がある。この麗しのマダムの少々口数が多い声にも、僕だったら紳士に答えるが?」

「いやオッカさん。俺は一言もミーニャさんの年齢については何も言ってないんだが。お前こそが年齢を気にしているのでは?」

「あ……やっべ」

「ちょっと~~オッカさん!? それはどういうことかな? 今日の研究日課が終わった後に、夜遅くまでじっくりと聞かせてもらうからね?」

「ええー!? それは勘弁してくれ! 僕だって研究は夜遅くまでやっているんだ。そこから君のありがたいワンナイトご説教だなんて、睡眠不足で倒れちゃうよ!!」


 基本はずっと無言なのだが、時折こうして流れる他愛のない会話。それに対してクロリアも、不覚にもくすりと笑ってしまうことが日常だ。 

 このつまらない日々の中にある、ささやかな和みの場だ。


 ロイジャーとの緊迫したやり取りの後は、普段通りの時間が流れていた。

 僅かな午前中でもクロリアは自分の研究を進めた後、お昼休憩中はケビンと共に施設の食堂でおいしい昼食を取り、そして午後一からはこうして三時間程度の勉強会という日課を行っている。

 大体四人で一つの決められたグループを作っているのだが、クロリアのいるグループもまたいつものメンツ四人だ。

 クロリアは、わりとこの時間は好きだった。


 だが今日は、まるで今の憂鬱なクロリアの内面を無意識に感じ取っているかのように、ミーニャが珍しく真面目な話を持ち掛けてきた。


「まあそれはさておき、ね。……さっきのジーゴさんの有様を見せられて、意味わかんないロイジャー教授のうんちくを聞かされたら、改めてそう叫びたくもなるって。こんな知識知らなくても、確かにあたし達は別に神秘を解き明かすこともなく、平凡にこの世界の在り方に沿ったまま生きていられたはずなのにね。何よ、魔物や人間には必ずある『細胞』って、『DNA』って。命は、神様が与えてくれた奇跡そのものではなかったの? それが、ただの化学反応の塊だっただなんて。何を暴いているんだろうね。……何をやってんだろうね、あたし達」

「……仕方のないことだ。それがアウンの目的であり、こうして俺達が生きていくために与えられた仕事なんだから」

「まあ、ねえ。難しいし、何より研究そのものがいかれているってのも分かるね。でも、それをしなければ僕達はあのジーゴさんみたいに魔人にされちゃうんだ。だから僕達は人間として生きていたいのなら、こうして知りたくもなかったこの世界のからくりを日々解き明かしていくしかない」

「……」


 彼女の問いかけに対して、ケビンとオッカは『仕方がない』と答える。

 だが、クロリアだけは暗い顔でこう答えていた。


「……ううん。ミーニャさんの、言う通りだわ。これじゃあ、囚人と変わらない。いいえ、ずっと殺される危険を孕んでいる分……もっと最悪よ。何をやっているのかしらね、私達は」

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