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十話:我々は、世界を壊しました

「……おお、おお。やはり魔物の肉体は素晴らしい。つい先ほど死んだとは言え、まだ新鮮な肉体を新しき自身の命だと認めたらしい。充分な栄養も、魔力も、細胞分裂促進処理も、拒絶反応抑制処理もしっかりと機能しているようですね……ありがとうございます、カンリさん。これぞまさに、科学とファンタジーの融合だ。魔物の肉片はこうして『ファヴニール反応』を経てジーゴさんだったものを乗っ取り、脳すらも浸蝕し、新たなる命の機構を生むのです。人側にも魔物側にももはや意識も記憶もなく、そこに誕生するは全く別物の思考。人並の知能を持ち、かつ魔物としての人類への殺戮本能も兼ね備えている新たなる人格をもつそれこそは……魔人!!」

「……オ……ガ……オオ、オオオオオ……!」


 ロイジャーが興奮気味に語る間にも、ある程度人体とのパスがつながった魔物の肉片は、もう勝手に蠢き出して癒着していく。

 ジーゴの切断面を自身の切断面で綺麗に覆い、ぐちゅぐちゅと不気味な音を立てて一体化を始め、不気味なうめき声を上げ始める。


 それは魔物の細胞が勝手に人間の細胞と癒着し、寄生して魔人という新たなる生命として成り立たせる現象――『ファヴニール反応』と命名された現象だ。


 この詳しい機構はまだ研究中だそうだが、これが「ロストエッダ」直後に「カガク」なる力で発見され、魔人化を生み出す技術を確立する上で重要な要因となったらしい。


「くは、ははははは!! これぞ皆さんの日々の成果の賜物!! ご存知の通り、この研究機関に任された研究内容は、主に魔物達の細胞内に数多ある遺伝子――子孫に継承し、身体の形質を決め、そして生体を動かす機構を維持する役目を持つDNAの解析です! しかしそれはただ塩基配列や遺伝子の役割を特定するだけには留まらない! 魔物体内の部位ごとにRNA転写されて使われる遺伝子種類の頻度、即ち遺伝子発現レベルの相違というものがあります! 魔物が魔法を撃つための機構維持や形質決定もまた、いくつかの遺伝子が担っているものであり、それらの発現レベルが高い部位こそが魔法に必要な器官となります! これらの部位全てを魔人となる人へ適切に移植することで、魔物の魔法をそのまま引き継がせられるのです! それだけではない! 今も詳細なプロセスが分からないこの『ファヴニール反応』も、魔物側にある遺伝子が関わっているはずです! そうさせるよう魔物の細胞に指示を出す上流器官はどこなのか、どのようなメカニズムでこの反応を進めているのか……それらの特定も完全に出来れば、今後の魔人生産技術の向上にも繋がることでしょう! よって我々は、魔物の遺伝子を詳しく調べていかねばならないのです!」


 下半身だけではない。ジーゴだった上半身部分も魔物側の急激な反応を受け、その顔や腕が青く変色してぼこぼこと醜いいぼが出来始める。

 そうして完成したものは、しかし完全なる魔物「アクアグレートゴブリン」の肉体ではない。

 髪は生えているし、ぎょろりと向き出ている目玉も一応人間のものだ。


 まさにそれこそが、魔物と人間の合成生物――魔人たる特徴。


 目の前で新たなる化け物が形成されつつあるという異常な状況の中で、それでもロイジャーは高揚した表情で、どこか壊れているかのように語り続けるのだった。


「魔物も人も変わらない、命など結局のところ、魔法のように見えてしまう化学反応だ!! 我々は、その術式をより物質的に解き明かしていく! こうした皆様の地道で素晴らしき研究は、確実に魔人作成の成果へと実を結ぶこととなるのですよ! ここだけではない、この帝国地下に散らばる数多の研究機関から日々生まれる研究データは、あらゆる面でこの魔人作成という高度な技術を支えている!! ああ、誇りなさい皆様!! 我々は確かに、アウン様の神託のままに、これより世界を滅ぼすのですよ!! クカカカカカカカカカカッ!!」


 もはや、彼以外の皆がその顔に恐怖を浮かべ、何も言えずにいた。

 不気味なまでの沈黙。それを破ったのもまた、急に冷静な声を発したロイジャーだった。


「……ふう。崇高な技術を前に、熱く語りすぎてしまいましたね。これで本日の勉強会を終了します。さて。ジーゴさん……否、魔人アクアグレートゴブリンを今のうちに捕らえて実験体の檻に放りこんでください。でなければ、魔人となった彼が今度は我々を殺しにかかりますよ?」



 □■□



 ――私は、罪を認めます。


 私達は、世界を壊しました。

 あるべき神秘を汚しました。


 そこは確かに、愛と冒険に溢れる、剣と魔法の世界だったはずなのです。

 どこか違う世界ですらも恋焦がれ憧れる、ファンタジーの世界だったはずなのです。


 他でもない、この世界の私達ですら夢見たものでした。

 多くの神秘を目の当たりにし、その恩恵と奇跡に感動し、あるべき神に感謝していく日々を。

 魔王や魔物に立ち向かい、生死をかけた苛烈な日々を生き抜き、目的を共にする仲間に囲まれて歩む冒険の日々を。


 ……ですが、確かにこの世界の頸木は揺さぶられました。


失われた伝説(ロストエッダ)」を境に、私達の世界は何もかもが大きく変わってしまいました。


 世界は、神秘は、他の世界で言う「物質」でしかなかったのです。

 私達は不遜にも、それを解き明かす術を「アウン」より賜ってしまったのです。


 希望も、信条も、祈りも、願いも、物語も。

 きっと私達は、その全てを残酷にも「偽り」として紐解いていくでしょう。

 私達は、この世界を歪めていくのでしょう。


 だから私は、罪を犯します。あらゆる夢を終わらせてしまいます。


 ……だったら、私はなんでこんなことをしているの?


 どうして、私はこんな世界なんかに生まれ落ちてしまったの?

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