九話:今日の勉強会
勢いよく、入口のドアが開かれる。
そこから男性研究員の方が二人、一人の男性研究員の方を取り押さえて現れた。
「こいつ、ジーゴがこの研究機関から逃げようとしていたぞ! 重大な規律違反だ!!」
取り押さえていたうちの一人の男性研究員ダイモンがそう大声を発する。それに負けじと、取り押さえられていた男性研究員ジーゴが叫んだ。
「ぐ……くそ、ふざけんな! 当たり前だろうが! 誰がこんな、人殺しの狂った研究をしていられるってんだよ!? イカれている、あんた達研究員も、特にそれを指導するロイジャー教授も、みんなイカれてんだよ!!」
「……」
それを聞いたロイジャーは溜息をつくと、彼らに近づいていく。
「そこの、レッジさん。あの片隅に置いている、拘束具付きストレッチャーを。ダイモンさん、ブーガさん、お手柄です。そのまましっかりと裏切者を離さないでいてくださいね。それとカンリさん、三日前に私が指示していた『アクアグレートゴブリン』の下半身、もうファヴニール反応活性処理等は終わっていますよね? それを直ちにここへ持ってきてください」
「「「……は、はい!」」」
指示を受けた研究員達は彼の命令に逆らうことなく忠実に動く。実験体を持ってくるよう指示された女性研究員カンリも、この部屋から出ていってしまった。
やがて、裏切者の烙印を押されてしまったジーゴは拘束具付きストレッチャーへ磔にされてしまう。
「ぐ……!? なんだ、これ!? 俺を、どうするつもりだ!?」
「……さて、皆さん。勉強会は午後からと言いましたが、今ここに急遽別枠の講義を行います。ですが、普段の『亜門博士の先行研究内容』や『英語・日本語学習』とは違うものであり、その内容は――『皆様の研究成果の再確認』です」
ジーゴの恐怖に染まった声とは対照的に、ロイジャーは不気味な程に落ち着いてそう話しつつ、白衣の中からそれを――魔器ブレード・ガンドを取り出す。
「『スラッシュ』」
それを振りかぶり、凪いだ。
「……え?」
余りにもあっさりと、静かに起こったことに、クロリア含めその場にいたみんなは呆けてしまっていた。
「……は?」
磔にされていたジーゴの腹部が、どんどん赤く染まっていく。
「はい、まずこれは邪魔ですね」
ロイジャーはすぐに彼の足につけた拘束を外す。その足を掴み
投げ捨てる。
「――」
ジーゴを、では無い。
綺麗に真っ二つに切り裂かれていた、その下半身のみをだ。
「……い、ぎゃああああああああああああああああああああ!??! ひぃ、いぎゃああああああああああああああああああああああああああ!!?!」
ようやく身体の有様と激痛を知った、まだ上半身のみがストレッチャーに繋がれたジーゴがその切り口から血を吹き出しながら、目玉が飛び出そうな程に顔を歪めて絶叫する。
だが、それを見ていたクロリア達は余りもの恐怖と衝撃で未だに悲鳴すら上げられず、ただただ顔を引き攣らせていることしか出来ない。
「ロイジャー教授! 持ってきま……ひっ!?」
部屋の扉を開き、「アクアグレートゴブリン」の青い下半身を液体で沈めた水槽を台車で持ってきたカンリもその惨状を見て、顔が強張る。
だが、当のロイジャーだけはやはり冷静だった。
「おお、ありがとうございます。いやぁ……ジーゴさんには脱走するのではと不信感を抱いてましたからね。あらかじめ彼と適合する魔物を調査し、その融合部位を準備してもらっていて良かったです」
「融……合。まさか、ジーゴさんを……」
震える声で、カンリは質問をしながらジーゴを見つめ続けていた。
もう、彼は叫んでいなかった。周囲におびただしい量の血だまりを作り、失血のショックでもう彼は絶命したようだ。
ロイジャーもまた彼を見ながら、こう答えるのだった。
「ええ。彼は帝国人でありながらこの崇高な研究を投げ出すという、一番やってはいけないことを――このような素晴らしい技術を賜ったアウン様への信仰をないがしろにするという大罪を犯しました。もはやただ死んでもらうのでは生ぬるい。彼には研究員から実験体に……『魔人』になっていただきます」
彼は入口で立ったまま固まっていたカンリから台車を奪い取り、それを押して迷わず血だまりの中へと進んでいく。中央のジーゴだったものにまで近づくと、水槽の中から薬漬けにされた下半身を――やはり人間ではあり得ないぶつぶつとした青い表面の、魔物の一部を素手で取り出すと、その切断面とジーゴの切断面が丁度くっつくようにストレッチャー上に添え置いた。
「『製造員』ではない皆さんにはあまり縁のないものかもしれませんが、研究の一環で造る機会もこれから訪れることでしょう。では、良く見ていてくださいね。……これが、魔人の誕生する瞬間です」
懐より、今度はピンセットとメス、縫合用の糸を取り出す。そこからは、先程一瞬で終わらせた肉体切断の雑さとはまるで違う繊細な作業が行われる。
「これは『生体合成魔法』に匹敵しうる御業。『洗脳魔法』や『死霊化魔法』などといった外道魔法と同様、そんな生物同士を融合させるという魔法を成功させようとした魔法使いは昔からいたようだ。しかしこの世界はまだ無垢であり、大昔に神々に生み出され未だ『魂』などという神秘が宿っている命を、そう簡単には歪めることができませんでした。……ですが、『科学』は別です。この異世界よりもたらされた技術は、命をただの物質としか考えてはいません」
ロイジャーはそんなうんちくを語りながら、ジーゴの切断面より、魔物の切断面より、ピンセットで筋肉や神経を引っ張り出してはそれらを結び、時には特殊な接着液を用いてくっつけていく。
もはや他の研究員達はそれを黙って見ていることしか出来ない。
そうしてあっという間に全ての神経・筋肉の接合を終え、最後にお互いの背骨同士を接着液で結合させた瞬間に、それは起こった。
確かに絶命していたはずのジーゴと魔物の接合体が、びくんと動いたのだ。