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六話:過去への扉

 □■□



【02:30】


 シラを担ぐスルトと、信乃を乗せるリンドヴルムは、迷路のように入り組んだ薄暗い地下通路の分岐を次々と曲がりながら、ずっと歩いていた。


 信乃は、本当はこんなことをしている場合ではない。早く連邦軍に追いつき、シンジやカリン達冒険家を助け出し、そしてヨルムンガンドの思惑を止める必要がある。


 だが、現在血盟四天王(フォルス・ブラッド)の魔人スルトから逃れられる手段が全く思い浮かばず、しぶしぶついて行くこととなった。


「おい、こいつから降ろせ。もうポーションで回復したから俺は歩ける。無策のまま下手に逃げる気もない」

「無理すんなよ。ずっと帝国内を歩きっぱなしだったんだろ? 身体自体は治っていても、それ以外の色々なもんが消耗しちまってるはずだ。まだそいつの背中の乗り心地を味わいながら休んでおきな。……まあ、このアタシと腕を組んで仲睦まじく歩くという選択肢も許容するぜ? アタシがアンタを癒してやるよ。代わりに担いでいるニーズヘッグもリンドヴルムに乗せられるし、アタシ的には後者の方が良いかな」

「……じゃあこいつの背中で良い」

「ええー……なんだよ、つれねえなぁ……」

 

 口を開けばうるさいスルトは、しかし多くは喋らなかった。こうして信乃から発する言葉には軽薄な態度で返すのみで、先導して歩く彼女から話すことは決してない。

 それでもせめて情報を引き出すため、信乃はその道中積極的に彼女へ話しかけていた。


 それに対し、彼女も律儀に返してくれる。


「どうしてお前は、この第二区画にいた?」

「ああん? 決まってんだろ。アタシがこの区画の守護担当、第八師団の長だからだ。確かアンタ達、第四区画と第三区画は落としたんだってな? まあ、そこにいたサイクロプスやオルトロスと似たような立場だ」

「師団長、だったか。ならば、俺達を襲撃したフェンリルもお前と同じ立場なのか?」

「おっ。アンタ達、あのフェンリルとも戦ったってのか? その通り、そいつは外周区最強を謳う第七師団長、アンタ達の進軍経路とは全然関係のない第五区画を守る者だったんだが……生真面目にもアンタ達に追いついて戦いを挑んだってのか。ならばそのニーズヘッグの有様も頷ける。悔しいが、アタシでもあいつに勝つのは骨が折れる。『ソーン・フォール』の水魔法無効も効かねえんだよな」

「……まあ、今そんな話はいい。連邦の指揮官ヨルム……ヨルムンガンドの話では、連邦軍は現在この区画を攻めているはずだ。何故師団長であるお前は、その戦いに参加していない?」

「ヨルムンガンド……へえ。これはまた思わぬ名を聞いた。かの『反理の廻蛇』の魔人は実在し、連邦に寝返っているってのか。面白い構図になってんじゃねえか。だがアタシはそんな連中には興味がねえ。それよりもアンタ達も来ているかもしれないと考え、部下の連中に防衛を任せてアタシは秘密裏にアンタ達を探していたんだよ。……まあ、結局アタシ達は奴らに第一区画への道を譲ることになったみたいだ。もうほぼ仕事は終わってんだよ」

「……ッ!? それではまんまと、連邦の思う壺だが……何か、帝国側に考えが……?」

「その反応だと、アンタ達も連邦の目的は知ったらしいな。そう、奴らは第一区画に安置した『ユミル・リプロス』を狙っているらしい。勿論、帝国側もそれを大人しくくれてやるつもりもない。その意図を察知した上で、あえて決戦の場をその第一区画へと定めているんだ。……全ては、『司祭』の計画通りにな」

「『司祭』?」

「通称、ってやつだ。実際にこの帝国にそんな役職はねえ。まあ……()()()()と同じ、と言えば分かるか?」

「!! つまりそいつは、最後の……!!」

「そう、奇しくも『揃っちまった』ってとこだ。そしてアタシが思うに、あいつこそが誰よりもこの帝国の根幹に近い部分にいる人物とも言えるし――この帝国で誰よりも危険な奴だとも言える。どうやら、わざわざ帝都よりあいつ自身が出張って直接裁定を下すらしい。……だが、そんなあからさまな罠にひっかっかる程連邦も馬鹿ではないようだ。実際は現在もまだこの第二区画の北側……第一区画側に固まり、今後の出方を慎重に検討しているという状況だな。良かったじゃねえか有麻信乃。まだアンタには、こうして悠長にアタシとのデートに付き合っている暇があるってことだよ」

「……」


 どこまでが本当で、どこまでが嘘なのかは分からない。それでも、こうした会話の中にも重要な情報が幾つも含まれていたように思えた。


 そしてある程度質問するネタが切れると、信乃は最初にも聞いていた一番気になっている内容を、再び質問するのだった。


「……俺達を、なぜ殺さない? 三つの『地獄』を見せると言っていたが……お前はわざわざ他の魔人も引き連れずに一人で、俺達をどこへ連れていくつもりだ?」


 ただ帝国に命令されての足止め、と片付けるには妙だ。

 今信乃が連邦の思惑を止めようと動いているのは、業腹だが逆に帝国にとっても都合が良いことのはずだ。それをわざわざ、スルトという貴重な人材を割いてまでやるメリットは無いように思える。

 つまり、本当に彼女は独断でこうして信乃達を連行していることになる。

 

 その真意を聞き出したいところだったが――やはりそれにだけは答えてくれず、スルトは溜息を返すのみだった。


「またそれか。気になるのも分かるけどよ、まあそう焦んな。着いてから説明してやる。……てか、そんな話をしている内に着いたな」

「……っ」


 立ち止まったスルトの先には、行き止まりの壁に付いている観音開きの鉄の扉があった。それを彼女は、まるで鍵はかかっていないことが分かり切っているかのように丁寧に開き、そして言うのだった。


「……おし、始めよう。まずは初っ端からどぎつい一つ目だ、有麻信乃。――アンタには、『知って』もらう」


 その先に広がっていた光景を見て、信乃は息を呑む。


 ぼんやりとした緑色の光に照らされた、広く天井も高い空間があった。


 信乃達のいるその手前には、ずらりと機械が並んでいる。

 パソコンのようなものがあり、顕微鏡のようなものがあり、冷蔵庫のようなものがあり、試験管や試薬のような物が収められた棚があり、その他なにやらよく分からない設備や機械まである。


 そこは、まるで――


「――研究、機関……?」


 その奥には、高い天井を突く大木を象った巨大なオブジェがあり、その所々が微かに緑色に発光している。物で言えばそれが一際目立った。


 だがそれ以上に目につくのは、とにかく部屋の至るところにヒビが入り、更にはあちこちに赤黒い血痕がこびりついている点だ。

 破壊された痕跡が強く残るそこは、もうとっくに機能していないのだろう。


 ただ絶句するしかなかった信乃に、スルトはこちらに背を向けたまま静かに言い放つのだった。


「魔人研究機関『創造樹』。ここはな、有麻信乃……その魔人ニーズヘッグが収容されていた場所だったんだよ」

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