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一話:男の叫び

 □■□


 

 ――「あの日」から、ずっと考えていることがある。


 考えることは、あまり好きじゃない。

 それでも、考えているのだ。


 ずっと、知るはずもない「あの光景」が頭を離れてはくれないのだから。


 だが、「運命」の方が待ってはくれなかった。


 報告は既に受けている。どうやら唐突に、亜人や人間達が帝国へと攻めて来たらしい。

 それでも、彼女は部下に任せるばかりですぐに動くことは無かった。


 これほどの大規模な戦争は、ロストエッダ以降初めてだ。今日は、帝国にとって特別な日となるのだろう。


 だが間違いなく、彼女にとっても本当に特別な「最後」の日となる。

 

「……よし。じゃあ、行こうじゃねえか。――この世界の何もかもを、引っ掻き回しによ」

 

 それでも、決定を下す。


 ――そして、ようやく女は立ち上がった。

 


 □■□



【00:00】


「……」


 視界いっぱいには、満天の星空が映っていた。

 

 仰向けに倒れている身体。ゴトンゴトンと動く音。揺れる背中に感じる、ごつごつとした感触。


 信乃はゆっくりと激痛の走る上体を起こすと、その左右では壊れた帝国の街並みがどんどん流れて動いている。

 否、動いているのは彼の方だ。


 その移動する長方形の黒い縁の内側には、魔器の材料である魔晶石がぎっしりと詰め込まれている。信乃はその上に乗っており、近くにはまだ眠り続けているシラも横たわっている。

 そんな信乃達を乗せた箱の後ろには、後ろに流れていく線路が尾を引いて伸びていた。


 あまり遠くへは飛ばせなかったのだろう。カリンによってワープさせられた信乃達は、どうやらたまたま帝国の外周区画中央を横断するように走っていた、汽車の最後尾貨物車両の上に転送されたようだ。


「……神杖よ、勇者の名の元に神秘をここに具現し、我が傷を癒せ――『ディヴァイン・ヒール』」


 状況を把握するなり神杖を構え、少し蓄積されていた魔力で傷を回復。ようやくまた動けるようになった手でマジックポーションを取り、魔力も回復。


 神杖の魔法は、杖自身が独自に空気中より吸収し貯蔵してくれている魔力を使用して発動する。マジックポーションは接種した者の貯蔵魔力を最大にまで回復させる効果があるが、不思議なことにこの神杖の魔力まで全回復してくれるのだ(多分神器側の特殊効果なのだろう)。


「神杖よ、勇者の名の元に神秘をここに具現し、我に万夫不当の力を与えよ――『ユグノ・ブースト』」


 その神杖に溜まった魔力を回し、自身にだけ再び強化魔法をかける。これで戦闘態勢に戻った。

 そしてしばらくそのまま乗っていた後に、また身を伏せる。今度は一時停止した汽車の前方で、区画を隔てる大きな壁に付いた門と、その門番らしき複数の魔人の姿を目撃したからだ。


「物資の補給ぞい。この第三区画に残っているものを送るぞい」

「ご苦労。今や向こう側の戦闘も終わりつつあるが、第一区画での『決戦』に備えてあるに越したことはない。通れ」


 汽車の運転手と門番のやり取りの後に、門は重々しく開かれた。


 再び動き出した汽車が門を通るのを、息を殺して待つ。

 壁を貫通するトンネルを潜り、そして再び開けた視界の先には、また戦闘後のようなぼろぼろの街並みが現れる。

 今し方通った門の上に付いた看板を見上げると、そこにはこう書かれていた。


『外周区ビフレスト・第二区画』



 □■□



【00:30】


 耳障りな声が、ずっと響く。


「――おい、汽車に侵入者が乗っていたぞ! アウン様の加護がないこいつらは……此度攻めてきた敵だ!」

「しかもこいつが持っている杖、『継世杖リーブ』ではないか!? 間違いない、指名手配していた神杖の勇者だ!!」

「神杖も強力な神器だが、伝説によれば単体としての攻撃力は大したことはないはずだ! 我らだけで充分に殺せる!」

「ぐふふっ! 我ら第八師団、しぶしぶと『司祭』殿の指示に従いああして連邦の蛮族共を見逃した鬱憤が溜まっていたが、これは思わぬ副産物が転がってきたな! やはりアウン様は我々を見て下さっていた……この極上の手柄は我々の独占ぞ!」

「おうおう! 何やら手負いの女のガキまで背負ってらあ! ひひっ、だっせえ! 二人仲良くなますにしてやるよ!!」


 汽車が停まった、レンガ造りのモダンな駅らしき場所で、信乃は魔人達に囲まれていた。


 一、二体どころではない。三、四十体以上もの怪物達がホームにびっしりとたむろし、シラを背負った信乃を睨みつけている。

 完全に、絶体絶命とも言える状況だった。


「……ね……」


 信乃は俯いたまま呟く。だが、うるさく下品な笑い声や喋り声を上げ続ける魔人達にそれは聞こえない。


「あーん!? なんて言ったんだてめぇ!? 聞こえねーよ!!」

「なんだ、命乞いでもしたのかぁ!? 『助けて下さい、許して下さい』ってか!? ぎゃははははっ! 情けねえ勇者様!」

「あーあもういいだろ殺そうぜこいつら! 最近第七師団の奴らにも舐められててむしゃくしゃしてたんだ、ここで一気に手柄を立ててあいつらと差をつけてやろうや!」

「まあそう焦るな! こいつだって苦労して第三区画からここまで来たんだろうぜ! 手負いを背負った単体で出来る行動とは思えん……大方、他の従者達が命がけで二人だけ逃がしたと言ったところか! ヒヒヒッ! そいつらもまあどうしようもない馬鹿だなぁ! 無駄、マヌケ。そんなことをしても、折角守ったこいつらも我らの手であっさりと殺される!」

「女……なあ、その気絶している女、良い女だなぁ。ただ殺すにも惜しい。目を覚ますまで待ってから、身体をどんどん細切れにしてその美貌を苦痛と絶望に歪めて殺したい……!」


 次々と言葉を浴びせてくる。勝ち誇った顔で、各々の欲望を吐き出してくる。


「おいおい! 何とか言ったらどうなんだよぉ神杖の勇者!! さっきなんて言ったんだ、大きな声で言ってみよ、なぁ!? ぎゃはははははははははっ!」

「ついでに泣きわめけや! 土下座しながらな! それでこっちも多少はすっきりした気分でてめぇらをリンチに出来るってわけだ! ほら、言え! ここにいる全員に聞こえるようにさぁ!?」


 ――託された言葉を、思い出す。


『あのヨルムンガンドも、ユミル・リプロスも、全部ぶっ飛ばしに戻ってきて。そして共に、明日も変わらず生きていくという大団円を迎えましょう? ……お願いね』

 

 彼女達の覚悟を、シラを、信乃を馬鹿にする言葉を聞き、両手はそれぞれの得物に食い込む程拳を握りしめている。


 だから男は今一度顔を上げて、叫んでいた。


「――『死ね』っつったんだよカス共が!! 惨たらしく爆死して、まとめて綺麗に俺の目の前から消え失せろよゴミ畜生風情があああああああああああああああああああああっ!!!!」


 びりびりとホームを威圧する殺意と言葉と共に右手を振るう。


「「……っ!?」」


 直後、取り巻きの魔人達が次々と爆散した。

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