九十七話:今後の作戦における脅威
「……ライザ少将。あなた、今作戦には編成されていないでしょう? それとも、連邦本土の方で何か?」
『ちゃうちゃう。ウチもこの「帝国ビフレスト降下作戦」に急遽参加や。元帥ちゃんがな、「ヨルムが心配だから様子を見てきてくれないか?」ってな。その予感は的中、作戦本部に到着したら「ヨルム中将がいない」って司令部が混乱しとるし。本当に来て正解やったわ。アカンでヨルムちゃん、あんたは中将でこのかつてないほどに大掛かりな作戦軍の総司令官なんや。もっとよく考えて動かな』
その女――ライザはいきなり説教垂れてくる。軍階級もこちらの方が高いというのに妙に馴れ馴れしい。ヨルムはそのライザのことが苦手だが、だからこその人選のようだ。面倒なお目付け役を付けられてしまった。
「ちっ……元帥も余計なことを。……あーあー、分かりましたよ。私が悪かったです、ライザ少将におかれましては、御足労いただきありがとうございましたぁー」
『うわ、全く心が込っとらんなー! まあ、ヨルムちゃんの声が聞けて安心したわ。せやけど、エラく元気がないなぁ。どないしたん? ……まるで、二ヶ月前に一目惚れした男に対してあれこれと用意周到に計画立てて、やっと今日絶好のシチュエーションまで用意して熱烈なアプローチまでしたのに、あっさりとフラれて意気消沈している女みたいな声出しとるで?』
「あっはっは☆ ……殺すぞ、鬼ロリババア」
『きゃー、なんやヨルムちゃん。ホンマのガチギレモードやないの。久しぶりに見たわ、怖いわー』
そうは言いつつもどこか楽しそうなライザの声に更に腹が立つ。分かっていて尚おちょくってくる辺りタチが悪い。やはりこの女は嫌いだ。
『その様子やと、お目当ては取り逃したようやの。まあ仕方ないて。あと、あんたが自分の状況を伝えていた司令部のダインちゃんの話では、勇者達だけじゃなくあんたのいた分隊メンバーの冒険家さん達も探しとったって話やないの。そっちはどないしたん?』
「……ふん、勇者達とご一緒でしたよ。そちらは痛めつけて、私の『反理』に捕らえました。逃げられてしまったのは、本当に肝心の勇者と魔王だけです」
『へえ、誰も殺さへんかったん!? さすがヨルムちゃんや、口調は時折おっかないとこあるけど、なんやかんや優しい子やなぁ。あんたを小さい頃からずっと見てきた身としては、感激ものやわー!』
会話を弾ませたくもなかったのでただ事実のみを淡々と告げたものの、向こうがわざわざ話の腰を折ってくる。
「あーあーはいはい、そういう年上面やめてもらえます? 現実としてあなたよりも私の方が偉いし強い、それを弁えておきなさい。彼らに関してはただ、まだ利用価値があるから生かしたまま捕らえたまでですよ。……ともあれ、あなたにも命令で来たからには働いてもらいます。今作戦の副司令官として据え置きましょう。今はどちらに?」
『もう、そないきまっとるやろ! あんたの代わりにビフレスト攻めてる軍に合流して、指示出しとるわ。第二区画の魔人達結構強くて時間かかってたけどなんや、連中急に戦意なくしてもた。まるで行先の第一区画を譲っとるような感じや。明らかに罠臭いし、警戒しつつどうするかまた本部と話し合っとる。だからあんたも目的が達成できそうもないなら、はよこっち戻ってや。ウチと二人で、今作戦を完遂させるで』
「……なるほど。あなたとの共同作業とかぶっちゃけ嫌ですが仕方ありませんね、分かりました。すぐに前線へ合流しますので、作戦会議といきましょう。連邦の本気を帝国に知らしめてやらねばなりません」
『くすっ、頼むで。……しかしホンマにヨルムちゃんは連邦思いの、真面目な子やわー。あんたが魔人だってこと、ウチも時折忘れてまう。心配せんでええで? ヴァーナの亜人達は、みーんなあんたのことを慕っとるからな』
「……」
ヨルムは、無言で通信を切った。
「……そんなこと、知ってますよ馬鹿」
妙な照れ臭い感情に苛まれてしまったのも一瞬、すぐに「司令官」として頭を切り替える。
「さて、取り逃がした勇者と魔王は仕方がありません。脅威とは言え、これ以上の深追いは寧ろ今作戦への悪影響が出てしまいますね。……どうせ、戦意もほとんど失ったでしょう」
とりあえず勇者達は良くも悪くも排除したと仮定し、今後作戦に支障を来す要因について考える。
まずは内周区と帝都について。
やはりこちらから魔人達の援軍が出てくるような様子はない。とことんまでこの戦争に参加するつもりは無さそうだ。ユミル・リプロスの光線の破壊力を以てすれば、その周囲に張り巡らされた結界を砕くことすらも可能なはずだと言うのに、呑気なものである。
だが連邦が巨人を奪取してから「計画」を始める期間の間こそ、確実に本気を出してくるのだろう。連邦と内周区や帝都の魔人達との最終決戦が始まることとなる。そんな今後も想定して、やはり勇者達をこちらの駒にしておきたかったのだが。
ともあれ、この「内周区と帝都」もこの作戦自体には影響が出ないと想定しておく。そうなると、残りの脅威は――
「――私と同じ、血盟四天王の魔人達の存在」
これらの強敵は、外周区にいることを先程のフェンリルが証明してしまった。これから先、いつ出会ってもおかしくはないと身構えておく必要がある。
とにかくまずは、未だ健在であろう火力馬鹿のスルトが厄介だ。
実はヨルム単体では、その存在の象徴とも言える超火力超範囲炎剣魔法「レーヴァテイン」と真正面からぶつかれるだけの魔法を用意出来ない。ある意味では一番厄介な存在であり、だからこそ勇者達にこれの無力化をして欲しかった(フェンリルの無力化も十分過ぎる成果ではあるが)。
どこに潜んでいるのかは知らないが、作戦を進めていけば必ずぶつかることになるだろう。そうなれば他のヴァルキュリア達も多数動員してでも倒すしかない。こちらに多くの被害を出してしまうことは免れないだろう。
「……そしてこれはまだあくまでも予想の域ですが――残り一柱の存在、ですか」
最後の血盟四天王、「従魔の堕人」などという異名で伝説に語り継がれている魔物も、魔人化して帝国の側にいる。
スルト、フェンリル、ヨルムンガンド、そして魔王のニーズヘッグまでいるのだから、そう考えてしまうこともごく自然のことだ。
まだ姿を見ないその未知の存在にも、充分に警戒しておく必要はある。
「はぁ……なんやかんやまだ問題は山積みですね。まあ、ボヤいていても仕方が無いです。さっさと責務を果たしに行きましょう」
そろそろ戦場に向かうことにしたヨルムは右手をかざし、反理への穴を開ける。そこへ潜ろうとした時、不意に言葉を思い出してしまう。
『――卑怯者』
「……ちっ。私はあくまで、事を穏便に済ませようとしただけです。そんなことも理解できない馬鹿共が悪いのですよ」
そんな誰に対するものかもよく分からない言い訳を吐いた後に、苛立ちの目で空を見上げてヨルムは呟くのだった。
「――いいでしょう、それでも来るなら来なさい勇者。まだ立ち向かってくるのならば、今度は清々堂々と真正面から戦ってやりますとも」
【前編・完 後編へ続く】
二章を前編/後編に分けます。
そしてここまでが前編となります。
次回からは第二章(後編)が始まります。
明かされた連邦の恐ろしき陰謀、「ガルドル大陸完全破壊計画」。浮き彫りになる二つの巨悪。
目論むは、連邦軍司令官にして血盟四天王の魔人:ヨルムンガンド。
実行するは、連邦が捕獲しようとしている巨人:ユミル・リプロス。
信乃はこれらを打倒するため、未だ目を覚まさないシラを背負い、帝国を駆ける。
そしてついに「あの女」も動き出し、この作戦は最大の局面を迎える。
過去を知る。
現実と向き合う。
そして、覚悟を決める。
これは、この世界に向けて引き金を引く物語。
――そして、少女が「生まれた意味」を知る物語。
結構な長丁場となってしまっていますが、お付き合いいただけると幸いです!
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