十七話:とても綺麗な物語
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――そこからはまた、普段の日常が始まる。
「……『バースト』! 『バースト』!!」
信乃は村の片隅――外壁の下の開けた所で鍛錬を行っていた。
相手の魔法をかわす想定で走りながら、素早く右手でガンを構え、詠唱と共に少し離れた二つのカカシを打ち抜く。
〝バースト
魔法攻撃力:25
無属性補正:×0.8
魔法威力:20〟
「よし……!」
どちらのカカシにも中心に魔法が当たり、綺麗に消し飛んでいる。左手には杖を持つ以上、右手だけでガンドを操らなければならない。日々の努力の成果もあり、射撃の腕前はかなり上がっていた。
一か月前から、僅かだが魔法攻撃力も上がった。ロアの言い回しから何となく察してはいたが、鍛錬を続けていてもそう劇的に上がってくれるものではないらしい。
だが戦闘において重要なのは、何も魔法威力だけではない。確かに高い火力も必要だが、それを当てられなければ意味もないし、そしてこっちも当たらなければどうということはない。
だからこそこの一か月間行ってきた、射撃と回避動作をメインとした戦闘訓練だ。身体の方は着実に成果を出して、ちゃんと動けるようになってきてくれている。
袖で額の汗を拭っている時に後方で拍手が聞こえたので振り向けば、数人の村人が手を叩いていた。
「おお! 凄いのぅ信乃君。一か月前と比べれば、見違えるようじゃわい」
「凄いわ、信乃君! その調子よ!」
「信乃お兄ちゃんがんばれー!」
「ドムじいさん、ミエおばさん、リサまで。村の仕事は大丈夫なのかよ?」
初老の男性ドム、三十代前半の女性ミエ、その愛娘リサ。もう村の人全員の名前を憶えてしまった。
「私とリサは休憩よ。四人が鍛錬しているところだって聞いたから、来ちゃった」
「ワシはさぼり……ごほん、いや休憩じゃ」
「何やってんだよドムじいさん……早く戻らないと村の連中にチクるぞ」
「だってー信乃君、畑仕事疲れたんだもんー。若いもん達の雄姿を眺めているほうがよっぽど有意義じゃわい」
「お兄ちゃん! リサがチクってくるねー!」
「ひぃ! すぐに戻るからやめてリサちゃんー!!」
そんな会話をしながら、笑い合う。
一か月で村の人達ともずいぶんと仲良くなり、こんな気さくな会話も出来るようになっていた。
ここは決して裕福な暮らしではない。魔物や魔人がいつ襲って来るとも分からない危険とも隣り合わせだ。
それでも皆がいつも笑顔でいる。トネリコ村は人見知りの信乃にとっても居心地の良いところだった。
まるで、この村の皆が大きな家族のようにすら思える。
「はああああ! 『バースト』!!」
「『フレイムレーザー』!!」
「『ボルトスラッシュ』!!」
少し離れた場所でちょっとした爆発が起こる。鍛錬で魔法を撃ったロア、キノ、カインの三人の仕業だ。
「あの三人も、めちゃくちゃ強くなったのぅ……」
「……あれに何とか付いて行ってるんだぜ俺。凄いだろ……?」
ドムが呆然とそう呟き、信乃はそれに少し疲れたように返す。
噂をすればなんとやら、ロアがこちらに手招きをしていた。
「何サボっているのよ信乃! 次は杖の強化を入れて魔法を撃つわ! 早くこっちに来なさい!」
信乃は再びドム達の方を見ると、呆れ笑いでいってらっしゃいと手を振っている。彼もまたそれに苦笑いを返し、ロア達の方へ向かった。
「いいけどよ、またちゃんと上に撃てよな! 角度ミスったら村が吹き飛ぶ威力なんだからな!」
「仕方がないじゃない! 外部に見つからないために村の中でやるしかないんだから! ……まあ、上に撃ってたらあんまり意味はない気がするけど」
「まあ、魔人に見つかってしまったらそのまま返り討ちにしてしまいましょう~。私達、血のにじむような特訓のおかげで滅茶苦茶強くなったんですから~」
「カカ、そうだよなぁ。信乃からの強化を貰えれば、もう俺達なら魔人の一、二体は全然相手出来るってくらいには強くなっているはずだぜ?」
そう言った後に、カインとキノは信乃に近寄って小声で話しかけてきた。
「……まあ、一番めちゃくちゃ頑張っているのは間違いなくロアだ。ああ見えて、あんたがこの村に来る前は結構ふさぎ込んでいておとなしかったんだぜ?」
「……そうですよ~。この一か月、ロアは本当に明るくて活気がありました。あなたのおかげですよ、信乃。ありがとうございます」
「……何言ってんだよ。俺は何もしていない。あいつが自分で前を向いて、自分で強くなっただけだ」
「……」
そう答えると、カインに笑顔のままばんばんと背中をたたかれた。
ロア、キノ、カイン。当たり前だが、この三人とはずっと一緒に鍛錬していたから特に仲良くなった。
それはもう、本当に「仲間」と呼べるくらいには信頼を置いているし、それぞれの良いところも悪いところも知っているつもりだ。
「ちょっと三人とも、なに私に隠れて話しているのよ?」
「なんでもない、ちょっとした内緒話だ。それよりもロア、さっきのキノとカインの言う通りだ。俺達はかなり強くなった。何ならもう外に出て、魔人を倒しにいっても……」
「だーめ! もうちょっと強くなって、連携が取れるようになってから! そうしたら冒険家ギルド協会に正式に登録して……って信乃は分からないか。また今度話すわ。とにかく! まだだめよ! もっと成長しましょう!」
「ロアは変なところで慎重なんだから……」
――そうだとも。有麻信乃とその仲間達の冒険は始まったばかりであった。
この四人であらゆる困難に立ち向かいながら成長し、アース帝国という巨悪を断つ。
そんな物語が――
「あはは。いいねいいね良かったヨ! 愛と友情に溢れた、とても素晴らしき物語だったネ! でもごめんね、それも今日でおしまいデース☆」
上から、突然少女の声が降ってきた。