九十三話:彼女は、特別ではない
「……『特別』?」
「そ、特別。あなたには生まれながらにして使命がある、あなたにしかない考えがある、あなたにしか出来ないことがある。そんな、あなたは誰も理解できないし、誰もがあなたにひれ伏して、そしてその誰からも理解されない何かだって――あなたはこの世界で唯一の孤高の存在だって、そう考えたことがあなたにはあるの?」
カリンにしては珍しく真剣な口調で発してしまった問いに、シラは少しの沈黙の後に答えていた。
「……なに、それ。わかん……ないよ。私は、多分普通の人とは違うのだと思う。でも、何も理解出来ないわけじゃない。……私は、人が好き。その尊さも、醜さも見てきたつもりだし、その上でその全部を理解し、受け止めたいと思う。私は異質だけれど、それでも彼らに近づきたいと思う。だから、私は……」
「……」
カリンは、シラの頭を撫でていた。
「……カリン?」
「……うん。いいんじゃない、それで。あなたはこの世界に生まれ落ちた何者でもない、ただあなたでしかないのだから。あなたはただ、あなたの中にある正義に従えばいい。そもそもあたし達という生命は、食料なり敵なり、何かを殺しながら、何かの生を踏みにじりながら生き永らえているようなものなんだし。そこに『道徳』こそあれ、ただ『殺す』こと自体に嫌悪を覚えてちゃだめだと思う」
「……」
ただ黙って聞き続けるシラに、カリンは自分でも正直よく分からない言葉を続けた。
「いいのよ、シラちゃん。あなたは凄い力を持っているけれど、それでもあなたは『特別』でなくていい。誰かからは肯定されるけれど、他の誰かからは必ず否定されるような、そんな不完全でいい。――あなたは、『神様』になんてならなくていいの」
ただ茫然とその言葉を聞いていた後に、シラがポツリと漏らす。
「……カリンは、特別なの?」
「あははっ、まさか。あたしはただあなたよりは長く生きて、色んなものをみて、誰かを妬み恨んで、その挙句に色々と弁えてしまったっていう、ただのしがない冒険家だし、ただのろくでもない人間。特に大層な目的もないままに飄々と生きてきたし、雑に誰かに恋もしたし、そこらの誰かに雑に処女もあげちゃった。そんなどこにでもいる、どうしようもない今を生きる女でしかないのよ、あたしは」
「……ショジョ?」
「おーっと、それもそこからか。ごめん、それは聞かなかったことにしてもらえるかしら? 多分あたし、アルマ君にぶち殺されちゃうかもしれないから」
「……? アルマは魔人以外にそんなことをする人じゃないけれど、分かった。カリンがそういうのなら」
そう素直に引き下がるシラ。本当になんていい子なのだろう、悪い人に騙されなければいいのだが。でもあのアルマが付いていれば全然大丈夫かと自己完結し、改めて言い直してみた。
「と・に・か・く! 奪った敵の命に、そして守れなかった味方の命に思いをはせることは結構よ。でも、それに必要以上に落ち込んで、あなた自身の枷にしてしまうことはダメ! その戦いの中で、生き残ったのは他でもないあなたなんだから! 己の信念で勝ってその後の明日もこの世界で生きていくのは、何ら特別ではないあなたなんだから! それに引きずられて死んでしまうことの方が、奪った命に失礼だとあたしの暴論では思うわ!」
本当に暴論だと思う。殺された相手は、きっと「一緒に地獄に落ちろ」と思っていた者もいるはずだ。それでも、そんな死者の本当の気持ちなど分からないカリンは身勝手にもそう言ってみせるのだった。
こんな滅茶苦茶な話を聞いて、それでもシラは少し考えた後に頷いてくれた。
「……そっか。命が奪われることはやっぱり悲しいけれど――それでもちゃんと、意味はあるんだね。ありがとう、カリン。……私には、私自身にも理由がまだよく分からない願望がある。あなたには、それを叶えるための勇気をもらった」
「ほうほう、願望ですか。それはどのような? アルマ君と結ばれて、いちゃこらしたいとかそんな感じでしょうかねむふふ?」
またカリンの悪い癖が出る。それに伴ってシラの顔も赤くなってしまう。
「も、もう……! そんなこと何度も言うと、カリンも嫌いになっちゃう……!」
「おおおっ、そそそ、それは困るわね(え、こんなに可愛いシラちゃんに嫌われるのはちょっと)!! ごめんなさい忘れて頂戴嘘です嘘嘘(うん、あたしにヨルム中将程の変態的忍耐はないわ)!! ……こほん。それで、あなたの願望ってやつを聞かせて貰える?」
シラからの思わぬ反撃を受けての狼狽から何とか立ち直り、カリンはそう問いかける。
すると彼女は、少し恥ずかしそうながらも瓦礫の先を真っ直ぐに見据えて答えるのだった。
「――多くの人を、この世界の明日を繋いでいく人々みんなを救いたい。途方も無く長くて、苦しくて、辛い道のりだと私も思う。あなたの言う通り、神様でも何者でもない私にとって、それはとても厳しく難しいことなのだと思う。それでも、何も知らない『私』だからこそそんな願望を抱く。アルマにも、カリンにも、ミルラにも、ヨルムにも、分隊のみんなにも……そして、今を生きるガルドル大陸の人々みんなにも。これからみんな、多くの人々に出会い生きていく。そんな一人一人の命の可能性を、アース帝国の魔人に摘み取られて欲しくはない。だから私は、非情にも彼らの命を奪っていこう。……私が守りたい命には、どうか幸せになって欲しいという身勝手な理由のために」