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九十二話:多くの死を、少女は悼む

「はぁい、シラちゃん。こんな時に、一人でどうしたの?」

「……カリン」


 そうカリンがシラに呼び掛けると、彼女はハッとした表情でカリンを見た。


「なんか暗い顔をしていたからさ。あたし達、あのサイクロプスに勝ったのよ。ここは喜ぶところじゃない? ……それとも、一緒に喜んでくれる人がいなかったのかなー?」


 にしし、と笑いながら冗談めかしてそんなちょっと意地悪を言ってしまう。これはカリンの悪い癖であると自覚しているし後から反省もする。


 だが、シラの反応は想像していたものと少し違った。


「……へ? あっ。ヨルムったらまた、アルマにべたべたしているの? アルマもそこまで満更でもなさそうの、なんだかもやっとする。やっぱり、ヨルム嫌い。むー……」


 どうやら彼女は、今初めてアルマとヨルムがイチャイチャしている場面を見たらしい。少し不満げに頬を膨らませて唸った。

 そんな拍子抜けした返答にカリンはカクッと頭だけでずっこける。

 

「……って、あらら。それは今気づいたのね。お姉さんの予想していた修羅場でもなかったかー。でもいいのシラちゃん、ヨルム中将さんに彼を取られちゃって。ぶっちゃけ、アルマ君のこと好きなんでしょう? このお姉さんの目はごまかせないぞー?」

「す、好き……っ(ぼっ)!?」


 そう殺し文句を言うと、シラは一瞬で赤面して頬に手を当てる。その反応は余りにも可愛すぎて無垢なものであり、同性ながら思わず襲い掛かってしまいたくなるもどかしさがある。ヨルム中将が彼女にセクハラを働きたくなる理由も分からなくもない。


 だがしばらくして、シラはそれを振り払うかのように首を振った。


「……その、気持ちはまだよく分からない。アルマが他の女の人と話していると、なんか変な気持ちになってしまうことも否定しない。でも……」

「でも?」


 必死に絞り出している彼女の言葉を待つようにカリンがそう優しく聞き返すと、少しの沈黙の後に彼女は答えた。


「……でも、それ以上に、あの人には幸せになって欲しい。あの人、いっぱい悲しいものを見てきたのだと思う。多くのものを背負って、時には押しつぶされそうになりながらも、それでも自分の心を殺してここまで来たんだって、そう思う。そんな深い心の闇を、きっと私だけでは埋めきれないから。私だけが、あの人の弱さに付け込んで、独占してしまうのも良くないって思うから。だからヨルムがああしてアルマに優しくしているの、内心穏やかではないっていうのも否定は出来ないけれど……それでも、少しは感謝している」

 

 その答えに、カリンは度肝を抜かれるとともに少しだけむっとしてしまった。

 気配りも出来る、良い子だ。確かにそれでもアルマの為にはなるのだろう。

 それでも彼女は、余りにも良い子過ぎるのだ。


「……あらそう。ならあたしも、アルマ君にアタックしちゃおうかなー? 作戦が成功した暁には、彼に夜のベッドにでも呼んでもらって『抱いてー!』とでも言っちゃおうかしらなんつって」

「へ……!? カ、カリンも!? だ、抱き着くくらいなら私もしてもらえたし、そのくらいなら。で、でもあの人の周りにまた女性が増えるのは……うう……」


 そうカリンが冗談めかして言うと、さっきの言葉はどこへやらシラは頭を抱えて唸り始めた。どうにも「抱く」の意味はそのまま捉えているようだが、その意味まで説明し始めると本当に色々とややこしいことになりそうなのでやめておく。

 とりあえずそんな初心(うぶ)な反応をようやく見られて、カリンの溜飲は下がった。


「……なーんて、冗談よ。アルマ君を凄いとは思っているけど、そういう感情ではないわ。シラちゃんやヨルム中将に喧嘩を売るつもりなんてありませんー」

「へ……も、もう……!」


 普段の無表情とは裏腹に、以外とシラの感性は豊かなのだと知る。少し怒ったように頬を膨らませる彼女もまた可愛いと思いつつ、カリンは謝った。


「あはは、ごめんって。ついつい可愛いシラちゃんをからかいたくなっちゃった。お詫びとしていいことを教えてあげる。このあたしの目からすると、アルマ君もきっとあなたのことをとても大事に思っているに違いないわ。ヨルム中将とは比べるまでもない、きっと彼はあなたを選んでくれるわよ」

「……本当?」


 これまた純粋な反応が返ってくる。少し頬を赤らめたまま目をきらきらと輝かせ、不安げながらも心の底から嬉しそうな顔で彼女はカリンを見上げてきた。その反応を見て、カリンは思わず微笑み返してしまう。


 意中の相手を思いやることも大事だが、それよりも前に恋する乙女はまずそうでなくては。


「……そっか。それはやっぱり、嬉しいかも。アルマはちゃんと、ヨルムよりも私のことを……」

「そうそう、それを常に意識しておきなさい。そして彼の幸せよりも、まずは自分の幸せ。否! 自分の幸せこそが彼の幸せ! それくらいに考えておくのよ」

「……それは、暴論な気が……」

「いいのよこれくらいで! そしてこれからアルマ君に近づいてくる女性にも、『私の方が彼に愛されているし、彼を幸せに出来るのは私だけだ』ってしっかりマウントを取るのよ。恋だって立派な戦争なんだから、舐められたら終わりなのよ。そうして外堀を埋めると同時に、もちろん本丸も一気に攻略! ふふふ……なんならあたしと二人で、アルマ君にアタックする作戦考えちゃう? あたしは本気で、全力で協力するわよ……?」

「ひ、ひうう……そこまでは、まだいいです……っ」


 シラの顔がどんどん赤くなり、頭から湯気まで出始めていた。これ以上は彼女が卒倒し、アルマに怒られかねない。

 仕方が無いので、話を戻すことにした。


「……それで、どうしてこんなところで落ち込んでいたの?」

「……」


 シラは再び悲しそうな顔で、壊れた帝国の街並みを、あちこちに飛び散っている血を見てこう言った。


「……たくさんの命が、死んだから」

「……」


 今度は、カリンが絶句してしまった。


「人間も、亜人も……それに、魔人だって。魔人はこの世界を侵略してたくさんの人を殺そうとしている悪い奴らだけど……それでも、その命が奪って全く心が痛まないわけじゃない。魔人も人と共存出来るのなら、こんな争いをせずに済んだはずなのに。彼らは私が守りたい人々を殺すから、私も彼らを殺す。……でも、いいのかな? あの人みたいに、その内に燻る強い復讐心でもない。こんな理由だけで、私は誰かの命を奪う資格なんてあるのかな……?」


 彼女はそこを見ているようで、もっと遠い、違う何かを見ているようにカリンには思えてしまった。

 その考えは達観して立派なもので、でも危うさも感じてしまうもので。

 だからカリンも一緒に瓦礫の山を見つめ、こう問いかけていた。


「――ねぇ、シラちゃん。あなたは、自分を『特別』だとは思う?」

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