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九十一話:誰も傷付いて欲しくない

 無言で防ぎ続けてはいるのものの、情けのないことに信乃はヨルムンガンドの言葉に折れてしまいそうになっていた。


(あれだけの大口を叩いておいて、このザマだよ……悔しいな、あいつの言う通りだ。これは俺の意地だ。つまらない意地ではない、俺が命をかけるだけの意地だ。……でもその意地に、無関係な誰かを巻き込んでいいものでもない)


 信乃一人が傷付くのならいい。だが信乃の後ろには、助けてあげたい人達がいる。

 シラがいる。

 ここに来て、信乃は葛藤せざる負えない。


 連邦に付くということは、信乃自身の意志で多くの人々を切り捨てるということだ。そんなことは、絶対にやりたくはない。


 だがここで頷かないにしても、信乃はもう後ろの人々を守り切れない。終ぞ味方になる意志を示してくれなかった彼にヨルムンガンドは腹を立て、分隊の皆を傷付け、殺してしまうかもしれない。


 何も変わらない、どちらにせよ信乃は誰かを切り捨ててしまう。それがどうしようもなく、今の彼に強いられてしまった二択だった。


(勇者になると、人々を救うと決めた。……せめて自分の在り方を全うすると言い張れたら、どれだけ良かっただろう。でも、全ての人間の命を平等だと思えてしまえるような、達観した聖人にはなれないんだ。……いやだ、目の前の誰かが傷付き、殺されてしまうところを見るのはもういやだ。それくらいなら……せめて、俺は……)


 だからこそ、第三の選択を許容しようとする。


 魔力が尽き始め、消えていく聖域。開きかけていた口を――だが閉じてしまった。


「……『俺の命を差し出す代わりに、シラとこの分隊の皆だけは助けてやってくれ』、とでも言おうとした? 全くもう、だめよアルマ君。あんな奴に屈しちゃだめ。大丈夫よ、あなたの防御魔法は本当に凄いけど、あたしだって盾を持っているわ」

「……!?」


 ――信乃の目の前には、カリンがシールド・ガンドを構えて立っていた。


 聖域が、消える。


「……ッ、本当にあの馬鹿は……ちっ……! 『ブリュンヒルデ』、攻撃を止めなさい!」


 焦った様子でヨルムンガンドが魔法を止める。しかしもう既に放たれていた光線の一つが、信乃達へと迫っていた。魔力を出し尽くした反動なのか、足が咄嗟に上手く動かない。


「……おいよせ、カリン!! 早く逃げろ!! お前の防御魔法で防げる魔法じゃない!! 完全に回避するのは無理でも、せめて直撃をしないようにその場から離れるんだ!!」

「ごめんなさいね。お姉さん、とてもわがままなの。可愛いシラちゃんや君を……やっと見つけた、私達の希望を見捨てて逃げるなんて出来ないわ。『プロテクション・ロックシールド』!!」


〝プロテクション・ロックシールド

 魔法攻撃力:65

 威力階級エクスプロージョン:×8

 シールド補正:×2

 魔法威力:1040〟


〝カタストロフ・ライトニングマルクレーザー

 魔法攻撃力:315

 威力階級カタストロフ:×32

 光属性補正:×1.2

 ヴァルキュリア補正:×1.2

 魔法威力:14515.2〟


 カリンは岩で出来た盾を出現させる。

 直後、視界の全てが真っ白に染まった。

 


 □■□



【16:10】


 ――これは数時間前。まだヨルムの正体を知る前の、フェンリルの強襲を受ける前の、丁度第四区画で超大型魔人サイクロプスを倒した直後のことである。


 シンジが勝ち鬨(かちどき)を上げてから数分。一応まだ区画のあちこちで残党の魔人と冒険家達が戦っているはずだが、その戦場だけはサイクロプスを倒すために集まった「超大ギルド」の冒険家達の興奮が一向に収まる様子は無く、未だに歓声が絶えず上がっている。というか、「力を出し切ったからちょっとだけ戦いは休ませてムード」に入っている。


「やった……正直勝てるなんて思わなかったけど、本当に勝ったのね……やった……!」


 その中で、勿論カリンだって年甲斐もなく飛び跳ねまくって喜んでいた。カリンが参加した戦いで、超大型魔人などという意味が分からないくらい強い相手を倒してしまったとかいう前代未聞の事態にもう冷静でいられるはずもなかったのだ。


「……あら?」


 だがカリンはふとその動きを止める。視界の端に、一人で佇む少女を捉えたからだ。

 星のように煌めく、余りにも美しい赤交じりの長い銀髪。対象に頭の両側から生える黒く禍々しい角。


 彼女こそ、この魔人サイクロプス討伐戦においての大きな功労者の一人――シラだった。


 そんな彼女が、何やらこの場には似つかわしくない少し落ち込んだ様子で俯いている。 

 

(あら、ずっとアルマ君にぴったりくっついていたのに、どうしたのかしら? ……って、ああ。なるほどね)


 ふとそこから視点を外すと、少し離れたところでアルマがヨルムに絡まれている様子も確認出来た。


「ふふっ! やりました、やりましたよアルマさん!! 私、当然ながら帝国を相手取る軍を率いるだなんて初めての経験でしたので、ちょっと不安だったんですよ! でも、無事に初快挙をあげることが出来たので良かったです☆ これもアルマさんとシラさんが頑張ってくれたおかげです! 本当にありがとうございます!」

「……ああ、わ、分かった。分かったから腕に抱き着いて来るなって恥ずかしい。あんたの指揮と人選が優秀だっただけだろ、ヨルム中将」

「まあ、更に嬉しいことを言ってくれるのですね! 恥ずかしがらなくても良いんですよー? そんなムッツリな所もまたたまりませんが♡ 面食いで少し口も悪いお姉さんではありますが、あなたなら全然問題無しです寧ろウェルカム☆ さあさあ、アルマ君もクールぶってないでその喜びを全部この私にさらけ出してくださいっ!」

「う、嬉しい。嬉しいから……頼むから解放してくれ……」


 ヨルムによる猛烈なアタックで、あのアルマがたじたじになっている。というかあちらが素なのかもしれない。


(……あらら。これはひょっとして、そういうことなの? アルマ君ってば罪作りな男ね。なら遠慮なく、ここはシラちゃんを借りちゃおうかしら)


 そう下世話な笑みを浮かべたカリンは、シラへと近づいていった。

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