八十九話:今度こそ殺してやる
「ひ……う、嘘だ……これは一体、何の悪夢だ……!?」
魔人の一体が周囲を見渡し、恐怖に震えながらそう呟く。
ヨルムンガンドが正体不明の魔器を起動してから数十秒、ここに集結した魔人達の数が既に半分以上も減らされている。
「つ、つよ……過ぎる。あれが……血盟四天王の魔人、ヨルムンガンド・アルバスの実力だというのか……?」
隣のシンジもまた、そう戦慄しながら呟いていた。恐らく、信乃と似たような心情なのだろう。
ヨルムンガンドが血盟四天王の魔人だとは言え、スルトやフェンリルのようにアース帝国の側ではない。彼女には恐らく「無限魔力の加護」までは無いはずなので、あの二人程は強くないだろうと高を括っていた。
だが、彼女の保有する魔器が強過ぎる上に「ハイドラ・ゲート」との相性も抜群だ。どこから現れるか分からない複数の砲門や斬撃に翻弄され、魔人達はなすすべもなくやられていく。その殲滅速度は異常なまでに早い。
(そうだ。あの魔器――「ヴァルキュリア」と言っていたが……威力階級と言い、使っている魔法形態の幅広さと言い、他の亜人達が使っていたものよりも更に強い。まさか「カタストロフ級」まで使用出来るものまで造り出しているとは……一体ヴァーナ連邦の魔器を造り出す技術力は、どうなっているんだ……?)
もはや、数少ない者が持つ「古き魔器」にすらも匹敵、もしくは凌駕している。当然これほどまでに高性能な人工魔器を、信乃は今まで見たことがない。
「いかがでしょうか、帝国の皆様。絶望を振りまくと共に、私はここで宣言致します」
一方的な殺戮を繰り広げているヨルムンガンドの機嫌は良さそうだった。戦意を喪失しつつある魔人達に、そして信乃達に向けて、こう宣うのだった。
「帝国より与えられし血盟四天王の魔法と、連邦より与えられし技術の二つを併せ持つこの魔人ヨルムンガンドは、スルトさん、フェンリルさん、そしてニーズヘッグさんの実力すらも凌駕します。――この私こそが、最強の魔人なのです☆」
呆けている場合などではない。足止めどころではない。
一刻も早くこの場から離脱しなければ、ヨルムンガンドはもうすぐにでも魔人達を全滅させて、魔力切れを起こすまでもなく信乃達に襲い掛かるだろう。
「逃げるぞ!! 早く地下への道を探せ!! 最悪手薄になった魔人達の包囲網を抜けろ!! ――とにかく、あの女から早く逃げるんだ!!」
分隊の皆へ信乃はそう叫ぶ。信乃自身もヨルムンガンドの動向を視界の端に入れつつも目を凝らし、必死に抜け道を探す。
――だがここにきて、彼は一つ致命的なミスを冒していた。
そうしているからこそ。否、ヨルムンガンドの正体を知ってからずっと彼女に気を張っていたからこそ、彼は大事なことを失念していた。
ここには一人、信乃達の――シラの正体を知られてはいけない人物が分隊の中にいたのだ。
「『エクスプロージョン・バースト』!!」
「……ッ!?」
集中し過ぎて完全にがら空きにしていた信乃の背中に――背負っているシラに向けて無属性魔法が放たれる。しかし、念のために装備していた使い捨て魔器「ピンチプロテクト」が作動し、それは阻まれる。
「――殺せ、なかった。折角、ずっとタイミングを見計らっていたというのに……」
「……え、ハマ、ジ……さん……?」
すぐに振り返り、ミルラ達が呆然と目を向ける先、魔法が飛んできた先には、ジャイアント・ガンドを構えたハマジが暗い眼でこちらを見て立っていた。
なぜ、という疑問が浮かぶよりも早く、信乃は後悔の念を抱く。
(……そうだ。なぜ頭に入れていなかった。ハマジは、ハマジは……!)
「やっと……やっと出会えた。まさか生きていたとは……ならば今度こそ、私がこの手で殺さなければならない。あの時殺された妻の、娘の仇だ……『血蒐の魔帝』!!」
「お、おいやめろハマジさん! 何をしている!? こんな所で仲間割れをしている場合じゃないんだぞ!?」
すかさず近くにいたシンジがハマジを後ろから羽交い絞めにする。しかし、ジャイアント・ガンドという大型の魔器を駆使している彼の怪力には敵わなかった。
「邪魔をするなあああああああああああああっ!!!!」
「ぐはあっ!?」
ハマジはシンジの身体を掴んで引き剥がすと、躊躇いなく背負い投げをお見舞し地面に叩きつける。
そして、すぐにまたシラに砲口を向ける。
「お前が!! お前が死ねばそれでいい!! 私はきっと、この時の為に二十年ものうのうと生き永らえてきたのだ!! ここで私が死んでも構わない、寧ろ本望だ!! ああ……これでやっと私は、お前達に顔向けが……!!」
「……っ」
ごめん。
そう心の中で謝りながら、信乃もガンドの銃口ハマジに向ける。だが時が止まったかのような長い刹那の中で、震える信乃の指先はなかなかその引き金を引けない。
(……なんなんだ、これ。くそ、動け、動けよ。でも、あの人を否定する権利が俺にはない。大事な人を失ってしまっている。二十年という余りにも重すぎる重みを背負っている。そんな人に、俺は……!)
だが、更に両者の間に立ちふさがる影があった。
カリンだ。彼女は自身のシールド・ガンドを構えることもなく、両手を広げて信乃を庇う。
「ダメ、ハマジさん! あなたはその引き金を引いてはいけないわ!!」
「……ッ! どけええええええええええええええっ!! ようやくだ! ようやく私の悲願が叶う!! 愛していた者達の無念を晴らせるのだ、仇を取れるのだ!! そのためならば、私はお前を殺してでもその魔王を殺すぞ!!」
鬼のような形相で叫ぶハマジ。だが彼女は一歩も引くことはなく叫び返す。
「ふざけないでよ!! この子は確かに魔王かもしれないけれど、それでもあなたの妻や娘を殺した張本人ではないのよ!? あなたの仇は……こんな可憐で、一生懸命皆を助けてくれようと奔走して戦ってくれていた女の子だった!? 違うでしょ!? ――ねえ、ハマジさん。あなたはこんなことをして、本当に天国にいる娘さんが喜ぶとでも思っているの!?」
「……ッ!?」
ハマジは、一瞬動きを止めた。
だが、その一瞬が男の命取りとなる。
「――魔動手1腕、抜刀。魔法は要りません、そのまま突き刺しなさい」
「……ごふっ!?」
ハマジは固まったまま、吐血する。
その背後から反理よりロボットアームが伸び、光の刃で彼を背中から貫いていた。