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八十七話:馬鹿なりの矜持

「……アルマ、さん」


 ミルラは、決して何も譲ることはない男の叫びを聞き、呆然と彼の名を呟く。


「……そう、ですか。大人しく服従して、のうのうと救い取られていればいいものを。なんという――分からずや」


 皆も信乃を見守る中、ヨルムンガンドはその目を静かに閉じた後に、再び見開くとそう言い放っていた。


「いいでしょう。私の正義をご理解いただけないのなら結構、元よりそこまで深くは期待してはいませんでしたとも。……ですが先程あなたも言った通り、これは私に有利な交渉です。あなたが応じてくれないのならば私がやることはただ一つ、せめてあなた達という敵を実力行使で排除するまでなのですから。ニーズヘッグさんが戦えない今、勝てるだなんて思わないことですね。本当に、全くもってこの――大馬鹿者が!!」

「「「……ッ!?」」」


 信乃以上の大きな喝が、夜の帝国を揺らす。

 ヨルムンガンドは、怒っていた。

 眉を釣り上げ、顔を顰め、歯を食いしばり、彼女はストレートにキレている。にこやかな笑顔や怪しい含み笑い以外に、この顔も皆は初めて見た。


「少しは穏便に話してあげたというのに、自惚れないで下さいよ! 弱い立場なのはご自身だとすらも理解出来ないんですか!? ええ、あなたは勇者ではありません……ただの馬鹿ですよ! 頭にゴミでも詰まってるんですか!? そんな馬鹿には、もう痛い目にあって貰うしかなさそうですね! ですがご安心を、殺しはしませんよ。お二人だけはここで無力化して、幽閉してあげましょう! あなたの言う守りたい人々が殺されて世界が変わる様を、精々歯を食いしばりながら、みっともなく泣き叫びながら目の当たりにするといいのです! そして後悔しなさい、絶望しなさい、あなたの正義こそ――間違っているのだと気づきなさい!!」


 大きく広がった羽が紫色に発光し、空へと浮かび上がる(羽はただの飾りではなかったようだ)。その両腕を広げ、再びそのうちの魔力が爆発するように溢れだしてくる。彼女は完全に、また戦う体勢に入っていた。

 そんな中、信乃は分隊の皆の方を見ることなく声をかけていた。


「……すまないな、お前達。あいつの言う通り、俺は馬鹿だ。その馬鹿の矜持に、お前達を巻き込んだ」

「……ふっ、いや。スカッとしたさ。あんたが勇者であることを差し引いても、そしてシラちゃんが魔王であることを前提としても、俺はあんた達が好きだ。安心しろ、俺も馬鹿だ。相手はとんでもない化け物だが……どうせ何か策はあるんだろう、アルマ君。とことんまで付き合わせてもらうよ」

「まっ、ここまで来たらとことんまでやるしかないわよね。戦うなり逃げるなり、全力であなた達のサポートをさせてもらうわよ、アルマ君」

「ひ、ひええ……怖いですが、ミルラ達もあんな連中に良いように従いたくはないのです!! 恩人であるアルマさんを、そしてシラさんをサポートするです、いくですよ三人共!!」

「「「おおー!!」」」


 分隊メンバー達の、そんな恐れている様子はない声が返ってくる。

 もちろん勝てる見込みなどない。だが、何も無策でヨルムンガンドを挑発したわけでもない。

 出来るだけ話を伸ばし、時間を稼いだ成果は出た。


「――いたぞ!! 莫大なる魔力の発生源はあの女だ!!」


 突如、ヨルムンガンド諸共信乃達は再び無数の影に囲まれる。

 帝国の魔人の軍勢だ。さっき飛び出してきた生き残り達の数の比ではない、千体は超えている。まだ第四区画にはこれほどの戦力が残っていたようだ。


「あの眼帯メイドよりあふれ出る魔力量、けた違いだ!! 生き残った伝令の話とも特徴が合致する! 最早他の人間など捨て置け、いつでも殺せる! だからとにかく、まずはあの女を殺せ!!!!」

「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!!!」」」


 魑魅魍魎達が叫ぶ。その声に負けないように、シンジが大きな声で信乃に問いかけてきた。


「あ、アルマ君! なるほど、これが君の策……あの会話を長引かせた理由か! ここに駆け付ける勢力が、俺達だけではないと踏んで……!」

「色々と知りたかったのも勿論あるがな! さあ――怪物達が戦っている間に逃げるぞ!! お前達がやる気なのは嬉しいが、今のままではあれには勝てん! このシラが……魔王の力が目覚めない限りはな!」

「「……ッ!」」


 魔人達の魔法が一斉にヨルムンガンドに向けて飛んでいく。しかしその悉くを空間に開けられた穴に吸収され、そして返されて、敵の前衛が吹き飛ぶ。


「くそ……! 魔法を闇雲に撃つな! 何やらあの女、奇妙な魔法を使うようだ! 囲め、警戒しろ、絶対に逃がすな! 弱点を見つけ、確実に殺すのだ!!」


 そんな伝令が飛ぶと同時に、彼らはぱったりと魔法を撃つことを止めてしまう。魔器の銃口を彼女に向けて、膠着状態に入ってしまった。


「……ちっ。雑魚共が、粋がらないでくださいよ。本当に鬱陶しいです。こんな数でうじゃうじゃと……これ全部呑み込む大きさの『門』を開けることも少々難しい、ですか」


 案の定、ヨルムンガンドは忌々しそうに顔を顰める。

 信乃の予想通り、彼女の魔法はよく分からない別空間へ続く穴を開けて相手の攻撃を取り込んでしまい、その存在そのものを無力化してしまう力のようだ。しかも再び吐きだして相手に返すという、卑怯じみた芸当までしてくると来た。凄まじく強力な魔法であることには間違いない。

 しかしそれはカウンターを前提とした話だ。今のように相手が何もしなければ、彼女も手も足も出ないのだろう。

 これで彼女は魔人達に足止めされる。信乃達もその包囲に囲まれている身であり、直接そこから抜け出すことは不可能だが、この周囲で地下へ続く道を掘り出してそこへ逃げるだけの時間は十分にある。


「言った通りだ! シラならばあのヨルムンガンドにも対抗できる! その彼女がまだ戦えない今、ここで大人しくあの女に捕まるわけにはいかない! だからここは何としてでも逃げるぞ! そしてシラが目覚め次第、ヨルムンガンドを――そしてユミル・リプロスを撃破する! 急な話で混乱しているだろうが、どうか付いてきて欲しい! 俺の神杖の防御性能ならば、この魔人達の魔法も掻い潜れるはずだ!」


 もう、なりふり構ってなどいられなかった。信乃は自分やシラの正体を隠すことなく作戦を、今後の目的を手短に分隊メンバーに話す。


 それに、皆が驚きつつも頷こうとして――


「……なん、です? あれ……?」


 ミルラが、そう呆然と呟いていた。


「……?」


 皆も彼女が見ている方を向き――そして驚愕する。


 中空に浮くヨルムンガンドの手前足元より、反理への小さな穴が開いている。

 そこから上向きに、四角く白い台座のような角柱が飛び出していた。

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