十六話:勇者の伝説
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昔々、この世界にはかつて、神々と人間、魔物が共存していました。
人間は神々を崇めて供物を捧げ、神々は人間を魔物から守っていました。
この均衡は、数千年に渡って続いたのでした。
しかし、それが崩れてしまったのが約千年前。
突如この世界から神々が姿を消し、魔物の力は強まってしまったのです。
それでも人間は神々から受け継いだ魔法と武器を駆使して魔物を食い止め、長い間その繁栄を保ち続けていました。
代々続いてきた魔物の王、魔王の中でも歴代最強最悪と謳われた、「血蒐の魔帝」と呼ばれた存在が出現するその時までは。
魔王は強力な武器を振るい、強大な魔法を使い、人間で敵う者など誰もいませんでした。
それだけではありません。かの魔王の下には、彼にも引けを取らない強さを持つ四体の魔物――血盟四天王と呼ばれた者達も付き従え、更には魔物の大軍まで指揮して人間達の領土へ攻め込ませたのでした。
もはや人間達に勝ち目はありませんでしたが、最後の切り札がありました。
それは、太古に神々から賜った神器の適正者――勇者を異世界より召喚することだったのです。
人々は八つの神器の数だけの、八人の勇者を召喚することに成功しました。
天定剣グラム。
裁雨弓イチイバル。
無限槍グングニル。
界溶斧ブリーシンガメン。
厄災書アンドヴァラナウト。
万変鎧メギンギョルズ。
覇電手ヤールングレイプル。
継世杖リーブ。
異世界より集いし勇者達は、これらの神器を手に魔物達から次々と領土を奪還。
そして、ついには魔王との決戦を果たすのでした。
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「うーん……」
ロア家の書斎で、信乃は勇者の物語が書かれた本を見ながら唸る。
この世界に来てから、一か月ほどが経った。
神器を手に入れてからは、思っていたよりも緩やかな時間が過ぎていた。
朝はロアに起こされて、村の食糧調達や買い出しを手伝い、何もなければひたすらにロア、キノ、カインと共に(ロアのスパルタ指導の下)戦闘の鍛錬を積む。くたくたになった身体に夕食を取り込み、早めに寝て次の日の鍛錬に備える。その繰り返しだった。
しかし、時折こうして書斎で情報収集もやっている。
残念ながら、現状めぼしい成果というものは無いのだが。
「神器とか、勇者とかの名前についてはまあそこそこ文献は残っているけど、もっとこう……魔王の詳しい力とか、神器の詳しい力とか。あと、魔王を討伐した日……ロストエッダ直前の出来事とかが欲しいんだがなぁ」
そこら辺に関しては現状、ほぼ一ヶ月前にロアから教えてもらったことから進展がない。
(世界を滅ぼしかけた巨大な目玉ってなんだ? ゲーム的な考えなら、魔王の最終形態とかか? でもそれは、本当に魔王だったのか? だってそいつは、魔物達すらも滅ぼそうとしたって話だ。それに、前に倒した魔人が言ってた、「アウン」なる存在についても気になる。ひょっとして、この両者に何らかの関係性が……ううん)
結局は読んだところで、新たな疑問や憶測しか生まれてこないのがもどかしい。
こういった伝説は、勇者達が魔王を倒し、平和な世が訪れた時に彼らが民衆へ語り明かすことで生まれるものなのだろう。しかし、肝心の勇者達は全員魔王と戦った日に殉職してしまっていると聞く。
だからちゃんとした書物すらも、まるでおとぎ話のようにふわっとした感じにしか彼らの闘いについては記されていないのだろう。
(まあ、分からんことを考えていても仕方がないか)
次に信乃が手に取っていた文献は、「神杖の勇者について」だった。
かの勇者がこの国に召喚された影響か、その情報がこの書斎にも一番多い。
そして、信乃が八人の勇者の中では一番興味がある人物ではあった。
「神杖の勇者、ミシェル・カナート……か。通り過ぎた人間が全て振り返ってしまうような美貌を持ち、性格も心優しく、お淑やか。回復魔法で多くの民衆を癒し、勇者の中でも一番人気が高く、その銀髪にちなんで『銀麗の巫女』とすら呼ばれ持て囃されていた。……くそっ、俺とは正反対のパーフェクト超人じゃねえか。異性ながら嫉妬しちまうぜ」
余計な情報ばかりに気を取られてしまい、一度頭を振る。
(……そうじゃなくて。この継世杖リーブをあの封印していたのは、ミシェル・カナート本人だった)
――我、ミシェル・カナートの名の元に。勇者の訪れるその時まで、ここに継世杖リーブを封印する。
この神杖を封印していたのは、彼女自身だった。
それはいつ? ロストエッダの前――魔王を討伐する直前?
ならば彼女は、いつ死んだ?
そもそも、そうした目的とはなんだ?
(これもまた憶測だ。憶測だが……俺をこの世界に呼び寄せたあの声って……)
本を変えてみたものの、こちらもまた分からないことだらけだ。
そんなこんなで現状この世界について分かっていることだけをまとめると――
・約二十年前に魔王を倒すために勇者達が召喚されたが、その後「ロストエッダ」という詳細不明の出来事によって魔王と相打ちになってしまった。
・何故か召喚された信乃はその内の一人、「神杖の勇者」という人物の後継者らしく、こうして彼女が持っていた神器「継世杖リーブ」を使えている。他の神器の行方は不明。
・ロストエッダ後に世界はおかしくなり、武器型魔器なるものが流通した。それにより戦場で普通の剣や槍が使われることが無くなり、代わりに誰もが武術よりも強力な魔法を使えるようになる。今のこの世界は基本的に、この魔法の火力ゲーとなっている。
・もっとおかしくなったのは「アース帝国」という国であり、突如そこにいた人々は魔人となった。そして何故か他国を侵略し始め、人々を虐殺している。これがどうやら信乃の敵。
・そしてこの世界は、やはり夢でもゲームなどでもない。魔物達も殺されればエフェクトが出て消滅するなんてことはなく、ただ死体になるだけだった。
――と言ったところだろうか。本当に全然何も分かっていない。
疲れ目を休めるために窓の外から空を見ると、日がもう随分と高くなっていた。
「あ、やっべ……」
根詰めて考えていても、拉致は明かない。どうせまだ時間はあるはずだ。
一旦思考を放棄し、ロアにどやされてしまう前に外に出る準備をする。
今晩は、また宴を行うらしい。
何でもこの日は「降天祭」という、神獣が半年に一度ミズル王国へ降り立つという伝承が元となったお祭りがあるらしく、それを村でもやるのだとか。
どんなお祭りかは知らないが、美味しいものを食べられるのならそれでいい。お腹を空かせるためにも、今日も張り切って鍛錬に取り組むことにした。