八十二話:積み重なっていた疑惑
「な……!? なぜ止めるアルマ君!? まさかあんたは、あの女の計画に賛同を……!?」
「いいや、そうではない。単純に、まだ質問事項があるだけだ」
その信乃の返答に胸を撫でおろすのも束の間、一同は彼の言葉を真剣な眼差しで聞き始めた。
「……てめえらが何か良からぬ企みがあることは何となく分かっていたし、いつでも裏切られる覚悟は正直あった。あの巨人を逆に利用して、多くの犠牲を払って確実にこの帝国を滅ぼす、ね。なるほど、てめえらのクソッタレな真意についても、シンジが聞き出してくれたおかげでようやく納得も出来たよ。今まで自国に引き篭もっていた腰抜け共らしい、現実主義で合理的な考えだな。だがそれでもまだ不明点があるし、もしもお前が生きていれば是非とも問いただしたかった。……ヨルム。お前自身についてだ」
「……」
先程まで浮かべていた笑みとは一転、今度は真顔でヨルムは信乃を見つめている。だからお構いなしに続けた。
「まずは『魔人スルト・マイヤード』についての話だ。フェンリルから聞いたよ、あいつら血盟四天王の魔人達は、二か月前のあの日までその力を帝国の外で振るったことは無かったし、その存在は他国には知られていなかったらしい。軍事投入そのものが無かったという話だから、お前達が十三年前にここを攻めた際にも含まれる話だろう。……だが、お前達ヴァーナ連邦は何故かその存在を知っていた。お前は、明確に『スルトさん』とその名をブリーフィングで持ち出していたし、その対策までちゃんと考えていた。……そう、お前達は何故か知られていなかったはずのその存在を把握していたんだよ。ならば、それはいつ、どこで、そして誰が知ったのか?」
「……」
ヨルムは、やはり何も言わない。一方で分隊の皆は息を呑んでその言葉を静かに聞いている。
一息の間を置いて、信乃はヨルムを指さしていた。
「さっき危機に瀕して思わず言葉がでてしまったのだろう、『ヨルム中将の仰っていた、血盟四天王の魔人』と連邦軍の亜人が言っていたのを俺は聞き逃さなかった。――つまりそれを見たのはお前だったんだ、ヨルム。しかもそのタイミングは二か月前、ミズル王国が滅ぼされる際に初めてスルトが名乗りを上げ、力を見せたあの時しかない。……ああ。いたんだよ、お前は。あの日、あの場所に。俺達とスルトが激突するあの戦場を、お前は見ていたんだ」
「「「……ッ!?」」」
「ア、アルマ君!? あんたは……!?」
また分隊の皆が驚いている。だがそれはヨルムに対してだけではなく、『スルトと対峙してみせた』という信乃達に対しても含まれている。
しかし、どの道もうばれることだと悟り信乃は構わず続けていた。
「ならば、それはどうやってだ? ヴァルキュリアに乗って上空で見ていた? 視覚を共有できる使い魔でも放っていた? だがそれはあんな周囲に遮蔽物も無かった平地では目立っただろうし、俺達もそんな物をあそこで見つけられなかった。あのスルトだって、気付いていれば黙って見過ごすとは思えない。ならば人間達も稀に持っている、透明化や視覚を妨害する魔法をお前が独自に持っていた? だがその後、ユミル・リプロスによる大規模破壊が始まった。あの戦場もすぐに更地になっていたし、ただ視覚を誤魔化したところで到底あの場から離脱出来るようにも思えない。……だからお前には、スルトや俺達の目を欺き、かつユミル・リプロスの光線すらも完全無効化出来るような、とんでもない魔法があったんだよ。そんなもの聞いたこともない、滅茶苦茶な規格外の力だ」
「……」
やはりヨルムは真顔のまま、まだ何も言わない。
だが多分、それも本当なのだろう。
「そして今日の話といこう。まず先程魔人フェンリルの奇襲を受けた時だ。俺は確かにお前があの雪崩に巻き込まれる所を見た。だからそもそも、お前がこうして今何事もなく生きていることそのものがおかしいんだ。あとはサイクロプス戦の際、お前は本当に取り巻きの大型魔人・ジュニアフェニックスを周囲のヴァルキュリアの協力を得て倒したのか? あの時は何も言わなかったが、やはりあの時周囲にその機体が飛んでいるような気配はなかった。お前はあいつを、あの短時間でたった一人で倒してしまったのではないか? ……シラも何故か警戒していたから俺も一応注意して見ていたが、確かに不可解な点が多過ぎたんだよ、お前」
少しずつ、小さな疑念が溜まっていた。それでも確証は得らえなかったから、何も言わず黙ってきた。
だがここにきてピースが揃い切ったからこそ、信乃の口からは止まることなくそれが出続ける。
「……ヨルム、さん? あなたは……一体?」
ミルラも、そう呆然と呟く。皆の疑いと恐怖の視線も、一様にヨルムへと向けられていた。
「ヴァーナ連邦の亜人は、お前を亜人の一種である吸血鬼だと言っていた。ハマジが言っていた通り、並みの人間より多少強いくらいは許容しよう。だがその吸血鬼とやらは、今俺が話したような力を発揮出来るような存在なのか? そんな力を持つ存在が多々味方にいるのなら、お前達ヴァーナ連邦はこんな計画を実行せずとももっと簡単に帝国を倒せるはずだ。……これもまた、ただの憶測だ。そんな規格外の力を持つ存在が吸血鬼で、何故か今までその力を隠していたというのなら、それへのちゃんとした理由と説明があるのなら、やはり俺は納得せざる負えないのだろう。だから今一度正直に答えて欲しい、ヨルム」
その時、ただ点滅するのみだった周囲の街灯の明かりが一瞬だけ復活する。
「「「……なっ!?」」」
その一瞬だけ広がった視界が捉えたものを見て、皆は再び驚愕する。
そこには、ヨルムが座り込んでいたのは、その周囲に幾つも散乱していたのは、血を流して横たわる無数の魔人達の骸だった。
「――お前は、何者だ?」