七十九話:彼らは、亡霊を見た
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しばらく泣き崩れていたミルラだったが、ようやく少し落ち着いたのか立ち上がった。
「……ごめん、なさい。お見苦しいところをお見せしたのです」
まだ赤い目のまま、彼女は謝罪しつつ微笑もうとするがそれもどこか少しぎこちない。
そんな彼女に、信乃は言ってやった。
「勘違いをするな、ミルラ。ザンボスを殺したのは俺だ。お前達が来なければ、俺はきっと奴を殺していた。奴の命はどちらにせよなかったんだ。だから、お前達が気負うことは何もない。……立派だったよ、お前達は。お前達は、勇気ある最高の冒険家だ」
「「……ッ!」」
その言葉に、ミルラだけではない。後ろにいるサシャ、キース、ニノも息を呑み、泣きそうな顔になる。
そして、やはりミルラが少し悲しそうな笑顔で答えるのだった。
「……ありがとう、アルマさん。でも、それでも、あなたはあんなに酷いあの人を殺すことを躊躇ってくれた。だから私達はあの場に間に合ったです。ちゃんとあの人に言いたいことを伝えられて、他でもない自分自身の心と決着を付けられた。だから、この罪は私達が背負います。この過去を受け止めます。受け止めて……私達は、ようやく……前に進むです……ッ!」
「……ミルラちゃん……うん。がんばろうね」
「……ふっ。だってよ、ニノ。ミルラだけには気負わせない。俺達男二人で支えていこうぜ?」
「う、うう……キースぅ……い、いや! 僕だって男らしくがんばるぞう……!」
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【22:30】
分隊メンバーと合流出来た信乃は、彼らと共に歩き出していた。
目指す場所は、先程の大量の光線が発射された地点だ。
『ひょっとすると、ヴァーナの人達がまだ戦っているのかもしれない。あの光線の見ただけでもとんでもない威力、きっと敵方の魔人の魔法なのだろう。間違いなく超大型魔人クラスだよ。そんなものと交戦している相手なんて、きっとかなりの数のヴァルキュリア集団に違いない。そんな戦場に首を突っ込むことは勿論危険だが、どの道何もしなければ俺達はここで野垂れ時ぬだけだ。俺達も彼らに加勢し、敵勢力を撃退。それでめでたく帝国の外へと逃がしてもらおうじゃないか』
そんなシンジの理にかなった考察に皆賛同した。
その地点からは徒歩だとそこそこ時間がかかる。その間に、信乃と分隊メンバーは情報共有をしていた。
シンジ達はオルトロス・クイーンとの戦いから外れて地下にいたおかげで、突如地上を覆った凍結からは免れていたこと。しかしその地下までせり出した黒氷の壁によって閉じ込められてしまい、溶けるまで身動きが取れなかったこと。ようやく溶けてからすっかりと夜になった帝国内を徘徊しているうちに、たまたま信乃とザンボスが交戦している場に辿り着けたこと。
そして信乃も話す。皆九死に一生を得たようだが、彼からの情報も充分に衝撃的だっただろう。
オルトロス・クイーンをあと一歩のところまで追い詰めたところで、血盟四天王フェンリルの奇襲にあって多数の冒険家やヴァルキュリアというその場の皆が氷漬けになってしまったこと。シラがその奇襲から信乃を守ったせいで今目を覚ましてくれない状態になっていること(ここら辺は勿論嘘情報だ)。
そして、ヨルムもその場で氷漬けになって討死。客観的に見ても、ヴァーナ連邦がこれ以上作戦を続行出来るような状態ではないということ。
「……嘘だろ、あのヨルム中将が!?」
「信じられませんが、アルマさんが目の前で彼女が雪崩に巻き込まれたところを見たというのなら、間違いないですな」
「私達が閉じ込められている間に、地上ではそんなことが起こっていただなんて。ヨルム中将さんは……惜しい人を無くしてしまったけど、それだけじゃない。まさかシラちゃんまでこんな目にあってしまうなんて……」
「……シラ、さん。ヨルムさんに続いてあなたまでなんて嫌なのです。私達、まだあなたにお礼も言えていないのです。だから、こんなところで死んじゃだめです。早く、目を覚まして欲しいです……ッ!」
シンジ、ハマジ、カリン、ミルラが各々に言う。やはり彼らから見ても悲観的状況なのだろう。
そんな彼らに対し、信乃はこう返していた。
「……ああ、そうだ。シラは瀕死状態で目を覚まさない。そして、ヨルムは死んだ。もう彼女はいないんだ。――俺があの時見たものが、本当に正しければな」
「アルマ君? それは、どういう……?」
「……いや、確証は無いからやはりまだ保留にさせてくれ。とにかく急ごう。そこに、答えがあるかもしれない」
「……?」
シンジが怪訝そうに聞いてくるが、信乃はそんなあやふやな答えしか返せなかった。
そんなやり取りをしているうちに、その地点に辿り着いていた。
そこはあちこちの街灯が点滅するばかりでろくに周囲を照らさず、闇に包まれている。だがその暗闇に目を凝らすと、破壊が他の場所よりも更に顕著であり、瓦礫や穴もあちこちにあるように見える。
そして、その暗闇の中で一つ――
「「「……ッ!?」」」
瓦礫の影に潜みつつ、少し離れた場所よりそれを見て皆が息を呑む。
唯一健在な街灯に照らされたそこに、一つの人影が悠々と何かに座っている。
「~~♪ ~~♪」
呑気に鼻歌を歌うそれは、紫色の髪をしていた。
特徴はそれだけには留まらない。何故かメイド服を着ていて、変な眼帯まで付けている。
しかも、頭と背中に二対の悪魔のような羽まで生えている。
見間違えるはずもない。そんな個性の塊の人物を、信乃達は一人しか知らない。
そんな死んだはずの人物――ヨルム中将が、そこに傷一つなく健在していた。