十五話:世界の選択
「……っ!」
ロアの両親は、もう既にこの世にはいない。
あの家に彼女以外の誰もいなかったその真相を聞かされて、思わず息を呑んでいた。
「家族で、山菜取りに山へ……今日行ったノルン遺跡よりもさらに南の山道に出ていたの。私はその時は無邪気で、無力な子供だった。お父さんもお母さんも元気そうで、笑ってた。……でも、急に魔人は現れた」
ロアの話は、こうだった。
両親は急に険しい顔でロアに「隠れなさい」と言ったそうだ。
言う通りに茂みに隠れた直後、両親と魔人が出くわしてしまった。
襲い掛かる魔人に両親は魔器で抵抗したものの、当然力で敵うはずもなかった。
あっという間に魔器を取り上げられ、魔人から「命乞いしろ、そしたら助けてやる」と言われ、二人は言われた通りにその場で地面に頭をこすり付け、土下座したそうだ。
すると魔人は笑って――魔器でその頭を二つとも撃ち抜いた。
「私、その場ですぐに叫びたかった。でも何とか魔人が去るまで持ちこたえて、その後泣き叫びながら村に帰った。あいつらは、アース帝国沿いの国境にいて通りがかる人を殺していた。魔物よりも、やり方が遥かに酷い。……私のお父さんとお母さん、命乞いしたのにどうして殺されたの? どうしてその死を笑われたの? 何か、悪いことをしたの……?」
「……なん、だよ……それ」
余りにも酷すぎる話に、聞いている信乃すらも怒りがこみ上げてくる。
とんでもない外道。そんな連中が、今この世界に蔓延っているというのか。
「……私はただ、理由が欲しかったのかもしれない。その事件以降、魔人に怯えて閉じ籠るだけしかしてこなかったこの村にうんざりしていたの。だからどんな希望でもいい、このトネリコ村が団結して、襲い来る魔人達に立ち向ってもらいたかった。……両親の仇を、とって欲しかった」
そして、彼女は信乃の顔を見る。見ている彼が思わず見とれてしまう、嬉しそうで、そして今にも泣きだしてしまいそうにも見える笑顔で。
「そんな時に現れたのが、あなただったのよ。ええ、それはもう最高の希望よ。まさか、小さな頃から物語で読んでいた勇者様が、また現れるだなんて。あいつら、数年前よりさらにミズル王国側に潜むようになってた。でも、あなたの力があれば今日みたいに退治してしまえるって、私でも仇が取れるって分かった。だから、ありがとう。これで私達は……私は、戦えるわ」
「……俺の方こそ、お礼を言わなきゃいけない」
しかしその笑顔から、信乃は目をそらしてしまっていた。
「カインもキノも面白い奴らで、お前もいい奴で。……その、初めてだったんだ。仲間なんて、出来たのが。本当にすごく嬉しかった。だから……ありがとう。俺なんかを、必要としてくれて」
「……信乃?」
怪訝そうな顔でこちらを見るロアをもう再び直視することは出来ず、ここからならよく見える満月を見上げる。
(……俺は本当に、勇者になったのだろうか? 俺はちゃんと、この子達を守れるのだろうか?)
彼だけが世界を救えるのだとしたら。彼の存在が必要とされているのだとしたら。彼が運命の中心に立っているのだとしたら。
それはもう、元いた世界の有麻信乃ではない。
――本当に、そんなに唐突に自身という存在は変わったのだろうか?
そんな、信乃の微妙な心の陰りと戸惑いを――彼の中の闇を、ロアは感じてしまったのだろうか。彼女もまた満月に視線を戻し、こんな質問を投げかけてくる。
「ねえ、信乃。この世界は、好き?」
「なんだよ、急に」
「いいから。……勇者の伝承を聞くまで、そもそもこことは別の世界があるとも思わなかった。分かっただろうけど、ここは戦いと死に溢れた酷い世界よ。平和なんてものとは程遠いし、明日の命も分からない。そんなこの世界を、あなたは好き? あなたは自分の命を賭してでも、この世界を救いたいって……そう思える?」
少し間を置いた後に、信乃はためらいがちに答えていた。
「まだここに来て二日しか経っていないからよく分からないけど、きっと俺はこの世界が好きなのだと……思う。だって俺は、ずっとこうなることを夢見てきた。仲間をつくって、明確な悪と戦って、大切なものを守って。それはとても素晴らしい日々で、俺もやっと生きる実感を得られる。俺はもう、俺に嘘を付かなくていい。そんな風に思えるから」
「……そっか」
また、彼女は少しだけ悲しそうにほほ笑む。
少し胸が痛んだが、それでも「元の世界ではどうだったのか」と聞いてくることはなかった彼女の優しさに救われた。
「気に入ってくれたのなら、うれしいかな。もしも元の世界に戻れるとなったとしても、私達と共にいてくれるの?」
「ああ。そう出来たらいいなとは思っている。誰が召喚したのかは知らないけど、俺は感謝しているのかもしれない」
「じゃあじゃあ、もしもこの世界とあなたの元の世界、どちらかが滅ぶとしたらどっちを救う?」
「なんて極端な質問だよ!? ……うーん、元の世界には悪いけど、こっちの世界を選ぶ、かな?」
「もう! なんて悪い勇者なのかしら。……いい信乃。勇者様っていうのはね、そんな時はこう言わなきゃいけないのよ」
ロアは、信乃の耳元へそっと口を近づける。
そんな二人を、月明かりはただ優しく照らし続けていた。