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七十三話:勇者に憧れた村娘

 □■□



 ミルラが生まれ育った場所は、スヴァルト王国の辺境にある小さな村落である、ナタネ村だった。

 

『クコ、ヒジリ、リバ……今日もたくさん木の実が採れたです。あ、パパも帰ってきたです? えー!? 今日はサンボンヅノイノシシを狩ったです!? やったー! 今晩はご馳走なのですー!』


 その人生は、十歳まではごく普通な村娘のものと言っても良かったのだろう。

 やはりごく普通の父と母の愛情を受けてすくすくと育ち、小さな弟や妹にも囲まれて、母の山菜取りを手伝い、父の狩りを待つ毎日。

 だが正直、なんならそんな「ごく普通」で十分幸せで満ち足りていた。


 毎日収穫してきた食材で母が作ってくれた美味しいごはんを食べ、家族や他の村人の子供達と元気に遊ぶ。

 やがては母のようなお淑やかで美人(になれるように頑張る予定)かつスタイル抜群グラマラスの胸もばいんばいん(になれるようにこれも頑張る予定)な村一番の女性に成長し、村のイケメンな誰かから求婚され、子供も産んで村を継いでいく。

 そうやってゆりかごから墓場まで、ミルラは人生の全てを村の中で終えるのだろうと思っていた。

 それが村娘ミルラ・メルに神が与えた、この世界の役割だと信じて疑わなかった。


 ところがどっこい。

 十歳の誕生日を迎えた日に、彼女の人生に転機が訪れる。


『お誕生日おめでとう、ミルラ。これはママとパパからの誕生日プレゼントよ』

『プレゼント!? やったあああああああああああああああああああああああ!! うっれしいなああああああああああああああああああ!! おっほおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!』

『……え、喜び過ぎじゃないかい、ミルラ? こわっ、パパひくわー』

『う、うるさいですくそじじい!! 早くも反抗期になってやろうか!? おん!?』

『ダメよミルラ。パパ、それじゃ余計に興奮する性癖持ちの糞畜生だから。ママはいつもそう教えているでしょう?』

『ほおん、ねーちゃんプレゼントもらったんか!? ええなーおれほしー!』

『あたい! この超絶美少女のあたいがもらうのよおおおおおおん!!』

『おら、おらがほしいど! よし先に舐めてマーキングしたる! れろれろれろれろれろ』

『ええーい!! やめるですこの鼻水垂らしたクソガキ共が!! きたねえ!!!! ……なんですこれ、結構重い紙袋ですが……えいっ。これは……本?』


 全力でプレゼントを奪いに来た、全くもって手に負えない弟や妹達との攻防に何とか勝ってその紙袋を破く。そこには金の刺繍の施された豪華な装丁の、大きな本があった。


『げ……まさか、貴族よろしくもう今から勉強しろ的なあれなのですか? えーさいきょーいくとかいう意識高い系のあれですか? 嫌です、あいつらむしろ馬鹿なのです、子供のうちは絶対に遊んでおくことが吉なのです。そんな環境じゃ将来ひねくれたゴミみたいな性格にしかならないっていう偏見しかないですよ私』

『まあミルラ、ペラペラよく喋っているけれど、全然内容も根拠もない馬鹿な言葉をありがとう。やっぱりあなたは、何の取り柄もないくせに真正のドМとかいう全く救われないパパの子なのね』

『……ああ、やめてくれぇママ……(ぞくっぞくっ)』

『大丈夫よ、ミルラ。ママ、さすがに王都で王様の第一側近大臣の、ばりばり有能で語尾には常に「ですわ」なんて付けている美人秘書兼愛人になって、お金をがっぽり稼いでママ達を養って欲しいとかそこまでは期待していないわ。……これはただの物語よ。パパとママがまだ今のあなたより少し上程度くらいの年齢だった頃、魔王に侵略されそうになっていた世界を救おうだなんて本当に馬鹿な戦いに臨んでくれた――本当に勇敢だった勇者達の物語なの。私達人間や亜人達の誇りよ。あなたにもそんなまだ新しき伝説を読んで欲しいから、その本をあげるわ』

『……へぇ。勇者の、伝説……』


 最初はしょせんただの物語だろうとミルラもナメていた。しかしその本を手にして読み始めると、彼女はすっかりその物語の虜になってしまったのだった。


『……す、すごい! 神剣の勇者ディーンと神手の勇者アルドは、たった二人で超大型魔物イフリートとその取り巻きの大型魔物ギガスサラマンダーの軍勢を撃ち破ってみせたのですか!? と、とんでもない強さなのです……!』

『あははっ! 神槍の勇者エインは、お世話になったニーゲ村が襲われたことに激怒して、たった一人で血盟四天王(フォルス・ブラッド)の「従魔の堕人」率いる魔物の大軍を相手にしたです? さすがにそれは勝てないですよ! でも、生き延びて逃げたのですね……大した根性なのですよ!』

『む、むむむ……! 神杖の勇者ミシェルは、超大型魔物ドラゴンゾンビによって重度の呪いに侵されたミズル王国軍の兵隊さんみんなを、一瞬で解呪してみせたですか!? しかもとんでもないお淑やかな美少女さんでみんなメロメロだったとか! むむむ……ミルラも負けていられないのです!』

血盟四天王フォルス・ブラッドも全て討ち取り、ガルドル大陸が召喚した八人の勇者達は集い、とうとう魔王「血蒐の魔帝」の居座る魔王城があるヨトゥン樹海域へと足を踏み込み、決戦に挑む、と。……って、ええ! ここで話は終わりなのですか!? 続きはよ!! ……って、十年以上話が止まっている物語に更新は見込めない、ですか。でも、とても面白かったのですよ!』


 そうして数日かけて本を読み終え、ぱたんと閉じたミルラの一声がまあなんとも子供心らしくこれだった。


『――よおし! 私も、勇者になりたいです!! 勇者になって、家族を、世界を守るですよ!!』

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