六十話:守れるものなど何もない
「……加護、だと?」
「そうだ。全ては我らが新たなる神、アウン様がもたらしているものだと言われている。実際にこの力は素晴らしい。いくら強力な魔法を使おうが、かの存在が瞬時に魔力を供給し、身体の内から無限に溢れてくる」
「……」
概ね答え自体は予想出来ていたが、だからこそ信乃は戦慄せざる負えない。
目の前の騎士だけではない、帝国に属する全ての魔人の魔力を、その「新たなる神」とやらが賄っているようだ。その機構も、そんなことが出来るだけの存在も、何もかもが底知れず分からない。
改めて、信乃は立ち向かおうとしているものの途方も無い強大さを痛感していた。
「私は『黒氷の狂牙』の扱えていた魔法全てを引き継げてはいないし、恐らく最大火力では彼に及ばないだろう。しかし、私はこうして引き継げた魔法『グレイプニル』の冷縛を無限に振るうことが出来る。彼とは別方向の強さを手に入れてしまったのだ。本当に、『アウン様』とは素晴らしく……そして恐ろしき存在だ」
「その、『アウン』とはなんだ? 神はこの世界からもう消えていると聞いているが……そいつは本当に、神なのか?」
「ふっ、随分と色々聞いてくるではないか。どうせ話した情報諸共貴様らもこの氷の下に沈めるのだ。教えてやらないでもないが……それは話せない。何故なら、私もその存在自体についてはよく知らないのだからな」
「……なんだと?」
眉を顰めた信乃に、逆にフェンリルが問いかけていた。
「……なあ。貴様はどう思う、有麻信乃? 我らが『神』とは何者で、何故貴様らを滅ぼそうとしているのだろうな?」
再びの沈黙。しかしすぐにフェンリルは大剣を氷地より抜いて構えていた。
「話し込んでしまった。もう良かろう? ……魔王も、回復したようだ」
「……ッ! 『カタストロフ・ボルトジャベリン』!!」
信乃のすぐ横を通り抜け、シラが凄まじい速度で疾駆しながらハルバードの雷撃の槍を突き立てる。
しかし、それはフェンリルが展開した氷の盾に阻まれて終わってしまう。
〝カタストロフ・ボルトジャベリン
魔法攻撃力:300
威力階級カタストロフ:×32
ジャベリン補正:×1.2
属性相性有利:×2
魔法威力:23040〟
〝グレイプニル
魔法攻撃力:380
グレイプニル変動補正:×60
魔法威力:22800〟
相手は、全く微動だにしていない。どうにもシラの回復を悠々と待って信乃と話していたようにも見える。
それでも、何の支障もないとでも言わんばかりに。
「く……っ! この氷、本当に硬い……! シノブ!! また私がしばらく戦う! その間に、あなたは魔力の回復と私の戦闘支援をお願い!」
「……あ、ああ! 交代だ、任せた!」
フェンリルは、再びシラに向けて大小様々な無数の氷塊を放つ。シラはそれを避けつつ、時にはハルバードを振るいいなしていく。
そうしているうちに、後方にあった地面から生える大きな氷の結晶に彼女は近づく。迫っていた小さめの氷塊に対して、その結晶を盾にしようとその背後に回ろうとして――彼女は止まってしまう。
「……う。『ハイライジング・ボルトジャベリン』!!」
結局その氷の結晶に隠れるだけでいなせたはずの氷塊に対して、シラは無駄な魔法を放って防いでしまう。
――その氷の結晶の中には、冒険家達が数人封じ込まれていた。
「……? ああ、なるほど。そういうことか、失礼をした。騎士として、これは恥ずかしい。人質を取って戦ってしまっているように思われしまうな」
フェンリルはそれに対して首を傾げたのも一瞬、すぐに納得した様子を見せると、彼(?)もまた近くにあった氷の結晶に――冒険家達を封じてしまっている氷に近づく。
「……!? 待て。やめろ……!!」
シラはそれだけで察したらしい。そんな切羽詰まった声を上げて飛び掛かろうとしたが、遅かった。
騎士は大剣を振るい、その氷の結晶を中の冒険家諸共粉々に砕いてしまった。
「……あ……」
「……ッ」
シラは一瞬愕然とした表情で呆けてしまい、信乃も思わず歯を食いしばっていた。
そこからは、もはや一滴の血も流れない。不気味なほどに乾いた破砕音だけが耳に響く。
氷と共に砕けたそれは、各地に埋もれているはずのヨルムや他の冒険家達は、もうとっくに生命ではなかった。
「――見ての通りだ。彼らは既に身体の芯まで氷漬けになっていて、一人残らず絶命している。だからもう貴様に守れるものなど何もないと思え。……下らん私情に突き動かされていないで、本気でかかってくるがいいニーズヘッグ。でなければ、この私に傷一つ負わせることも出来ぬぞ」
「……お前。お前ええええええええええええええええええええっ!!」
シラは怒りの形相で、激情を露わにしてフェンリルへと飛び掛かる。
「ぐっ……! おい待てシラ、敵の挑発に乗るな! 相手の思う壺だ!!」
そんな信乃の忠告も届かず、シラは次にハルバードに付いた鉤爪の方を相手に向けて、魔法を放つ。
「『カタストロフ・ボルトキラーエッジ』!!」
フェンリルは再び氷の盾をその目の前に展開。
鉤爪に纏った雷撃の刺突がそこに激突し――今度は撃ち破る。
〝グレイプニル
魔法攻撃力:380
グレイプニル変動補正:×60
魔法威力:22800〟
〝カタストロフ・ボルトキラーエッジ
魔法攻撃力:300
魔法威力:×32
キラーエッジ補正:×1.5
属性相性有利:×2
魔法威力:28800〟
「……なに?」
フェンリルから驚いた声が漏れる。
「キラーエッジ」。主に短剣型の魔器等が使える、一撃必殺とも言える攻撃形態詠唱だ。
小さな刀身に纏わせる魔法なだけはあり、その攻撃範囲は極めて小さく、相手の攻撃魔法を完全に防ぐことに関しては不向きだ。
だがその威力補正値自体は「ジャベリン」や「インパクト」系すらも超え、まさに相手の魔法を貫通することに特化した魔法詠唱とも言える。
それはフェンリルが出した盾に対しても例外ではなく、他の攻撃形態詠唱では精々相殺止まりで終わっていたシラのハルバードは、それを砕いても尚自身の魔法を存続させていた。
「あああああああああああああああああああああああッ!!」
「……ッ!」
その速度は、もはや相手の次なる氷塊が介入する暇すらもない。
神速の、雷撃の暗殺刺。一度盾と相殺して衰えた魔力も再び瞬時に充填させ、凄まじき最大火力を纏ったハルバードの雷撃はついに相手の鎧へと突き刺さり――